お題 夢見る心
夢見る心
亡くなった母の遺品整理をしていると、何冊もノートが出てきた。それらを製造している会社は母がかつて就職を夢見た会社だ。就職したいと言うことを聞いた両親によってお見合いをさせられた。母は諦めきれず、ちょっとしたものをその会社のもので足していたのは私だけが知ってる。
「母さん、なんでいつもこれなの?」
幾度聞いても、母はにっこり笑ったまま人差し指を口に当てたまま黙って買ったものをしまう。
「なんでこんなにたくさんノートばかり買ってるの? 遺品整理のこととか、考えなかったのかしら。」
すると、ユキコ姉さんが話し始めた。
「母さんはノートを買うだけじゃなかったわ。ノートに幾度も弱音を吐いてたわ。ゆみ子にいつも文房具のことを聞かれるけど答えてあげられない、父さんがノートのことを怪しんでいるとか。だから、かつて夢見た会社を密かに応援する形でノートを買い込んでたのよ。夢見る心は永遠にって題名の日記ノートをね。」
お題 届かぬ想い
届かぬ想い
「彩子、仁くんと上手くやってるの?」
彩子にそう聞いたのは、彩子のもと恋敵・花江。皮肉っぷり満載の口調で言う。
「ちょっと〜、花江、そんなの聞いても無駄だよ? だって、仁くんと彩子、熱々ぶりがすごいんだもん。羨ましいよ。」
「あら、そう。私はね、あんたたちラブラブカップルのせいで彼にふられたんだから。」
「だって、彼くん、吉野くんでしょ? あのプレイボーイとまともにカレカノやった女子生徒いないんだって知ってるでしょ。」
高野彩子の彼・松村仁、彩子のもと恋敵・伊藤花江の彼・吉野那由多(なゆた)。ふたりは大親友であるがもともと仲の悪かった彼女を持ったことで体裁が悪くなり、メール以外の手段で交流することがなくなり、それを嫌がった那由多くんがこっそりと仁に頼み、花江がどれだけの頻度で仁のもとへ訪れたのか教えてもらい、別れる口実を作り上げたとか。
「花江はさ、せっかくめちゃイケメンの男子が彼になったのに浮気とかするのが良くないくせ。散々那由多くんにアピったくせに。」
那由多くんの今の彼女・囲炉裏山心愛(みあ)が皮肉めいたことを言う。
「心愛〜、言い過ぎやばくない?」
お題 神様へ
お題 快晴
快晴
「あら、彩陽ちゃん。今日はいいお日和だこと。」
シーツを取り込むために外に出ると、お隣の日和田さんが声をかけてきた。ひとり暮らしの日和田さん、やけに晴れやかな顔をしているな。
「こんにちは。今日は誰か来るんですか?」
「あらあ、目のつけどころがいいわね。うちの娘がね孫息子と娘を連れてくるのよ。だから張り切っちゃって。」
「そうなんですか。」
「えぇ。もう、ほんっと、雨空も快晴だわ!」
ぺこりとお辞儀をしてシーツを取り込み、縁側に座ってタオルや雑巾をたたむ。日和田さんによると、日和田さんは旦那さんとのあいだにひとりも子どもができず、養女を迎えたということだ。つまり、その「娘」は「義娘」であるということ。まあ、あのお優しい日和田さんは子どもだったらなんでもいいというわけだろう。日和田さんの旦那さんが不倫をして、自分よりずっと年下の女性と同棲を始めても何も言わず、旦那さんが出て行くというまですべての世話をするくらいの忍耐力があるような人に、あんな旦那さんはもったいないと思う。
「あのー、日和田さん、息子さんの方は?」
日和田さんの旦那さんとその不倫相手のあいだにはひとり息子が存在する。
お題 遠くの空へ
「結愛(ゆあ、仮名)!」
「ん?」
振り向くと、あい子(仮名)がいる。
「何?」
「知ってる? 今日、横須賀でバルーンフェスティバルがあるんだって! でもここからじゃ見えないね。結愛、どうしても見たいんだけど。」
「バルーンフェスティバルでしょ? だったら見えるよ。何時から?」
「14時から。」
「今日午前授業でしょ? 私は見えるよ。」
「え!?」
「私、生徒会長だもの。屋上で会議があるの。ホワイトボード出して。そのとき、ちょっと早く来てれば見れるよ。」
あい子は残念そうに俯く。
「うちはあいにく、今日から日曜まで富山だから。見えないよ。」
「そんなことないよ! 実際には見えないかもしれないけどね、遠くの空へ、「バルーンフェスティバルはこんな感じかな?」って思ってみれば浮かんでくる。ね?」
あい子を送り出すと、ふと、屋上に出た私。寝転がり、空を見つめる。遠くに、赤い丸いものがふわふわと浮かび、空の階段を駆けて行く。おそらく、あれがバルーンフェスティバルの開催を告げるものなのだろう。きっと、あい子も、どこかで遠い空へ願いを込めて、送り出しているのだろうな。