お題 ここにある
ここにある
「ここにあるよ。」
そう言いたい。まただ。私の持ち主は、いつも私を探す。あなたのポケットの中にあるのにね。ほら、机の中なんか探さないで……、ちょっと、なんで冷房の上まで見てるの!? あなたの背丈で届くわけないでしょっ……、テレビの裏側に落とすわけないでしょ!
そういうことは思ってるけど、私は私の持ち主が好きだ。天然で、可愛くて、素直で優しくて捻くれた私の持ち主。いつもなんだかんだで見つけてくれて、「ここにあるじゃん〜!」って言って笑うの。私は大好きなのよ、あなたが。
私はあなたが中学2年生になった春にあなたのところに来た。もちろん、私はあなたを選んだわけじゃない。どちらかというと、まだお店にいたかった。でもあなたは、すぐに可愛いカバーを買ってきてつけて、毎日私を連れて学校に行ったわよね。友達と喧嘩したり、テストで満点を取ったり。自転車で転んだり、車に乗って旅行に出かけたり。あなたの思い出の横には、いつも私がいる。私は大好きなのよね、あなたが。私の中には、あなたの思い出がたくさん詰まってるわ。素敵でしょう?
あなたは今日も私を探すわね。あなたの胸ポケットのなかや、バッグに入っているのに。
あなたがいつか、そこにあるものを見つけられるようになりますように
お題 届いて
届いて
「拝啓 七瀬あやか 様」
かけない。ペンを持つ手が震える。今更あの子に何て言えばいいの? あやかを壊したのは私。なのにどうして私はあやかに慰めの手紙を書くことができるだろう。
数日前だった。妹の、あやかのひとり娘が急死したと聞いたのは。私は葬儀に招かれたわけではない。ただ、伯母として知らされただけだ。そこにあやかの気持ちは書かれていなかった。白い紙に【私の娘のまきは、12月5日に急死しました。葬儀・お通夜はすでに終わっています。】とだけ書いてあった。
あやかの娘のまきちゃんには、一度も会ったことがない。顔すらも知らない。けれど私は、まきちゃんに同情した。だって、まきちゃん、事故死だったんだもの。ひどいわよね。まだ6歳だったのよ。だから私、あやかに手紙を書いているの。
嘘じゃない。嘘じゃないのよ、あやか。私はただ、あなたを慰めたいだけなの。あなたには、私がお悔やみを口実にあなたに連絡を取ろうとしているだけかもしれない。でも、私は、本当にあやかを慰めたいだけなの。あやかを慰めたいだけ。
届かないかもしれない。でもお願い。届いて。
お題 日陰
日陰
日陰にいるのは、悪くない。目立たないけど、日陰がないとみんなやっていけないから。
そこは、日にあたる人が休む場所。
あ、でもね、必要ないこともある。
「日陰」には、たくさんの意味がある。夕闇に紛れて悪事に手を染める。日の当たらないところ。他にもある。目立たない。影が薄い。
個人の解釈で言うならば、「必要なときといらないときがある」。
結局、どっちでもいいんだ。
お題 冬晴れ
冬の晴れた日は寒い。冬の青空は寒さの証。
私は大して気にしない。青空は元気の証。
どうせ青空でも曇りでも変わらない。
いつもと同じように時間が流れるだけ。
変わらない日々に、飽き飽きする。
お題 言葉はいらない、ただ…
わたし、もういいの。言葉はいらないわ。ただ、見て、わかってほしいの。泣いているばかりで、暗くて。誰が見てもおかしいでしょう? でも、わかってくれない。わかってくれるのは母親だけ。
だから、わたしはいいの。神様なら、わかって。母親を助けてよ。言葉はいらない。ただ、助けてあげてよ。