束の間の休息
ヘッドホンをつける。
曲が流れる。
話しかけられないまじない。
私は5分で旅に出る。
私の世界へと。
奇跡をもう一度
奇跡は急には起こらない。
起こすために、活かすために必要なことがある。
一度奇跡を受けたから。
それを追わずにはいられない。
窓から見える景色
ドアが閉まり、動き出す。窓から見えるのはただの壁だけれど、俺からタイルが逃げていくその瞬間に釘付けにされている。そう長くない時間のはずなのに、ひたすらに引き伸ばされていた。それから、本来なら心地よいはずの太陽が打ち付けられた釘を焼き消して笑った。
首にかかったヘッドホンを着け、プレイリストを流す。何度シャッフルしたところで気分にあう音楽は流れてくれない。サイコロの無能さに呆れていると、小さなアコースティックギターの音色が流れ始めた。前奏が異様に長いことが特徴的な、個人的に夏を代表すると思う人の代表的な曲、そのAcoustic Remix Ver.だ。夜明け前に焚き火を消して、支度を始めるようなそのアレンジは、今の俺にはとてもしっくりくるものだった。
音に身を委ねる。跳ねるような弦の音は、私の記憶をも跳ね飛ばしていた。
朝7時に家を出てバス停に向かう。大抵は君が先にベンチで座ってバスを待っていた。そこに居なければ休み、そういう共通認識がいつの間にか出来上がるほどに日常的なものだった。スマホを操る君の手は、俺のものより何倍か早く、打つのが遅いとよく小馬鹿にされていた。
ちらっとそのバスの青が見えた。いつも乗っていたものだろうな。
ふと横を見ると、枝の間から海が見えた。反対を見れば、君がテスト勉強をしている。気づいた彼女と目があい、逸らして外を見ていると、俺のノートに落書きを始めた。それからはお互いのノートにずっと落書きをしていた。おかげでまともに勉強出来なかったけれど、まぁそれはそれで楽しかったからよかった。
今窓から見えているのがその海だ。懐かしい。
あの店は、この公園は、あの交差点で、あの橋で──。
いつの間にか眠っていて、気がついた頃には到着まで残り約10分に迫っていた。何も知らないまま過ごしていた、ずっと続くことを願う必要も無いくらいの日常を自ら終わらせることは出来なかった。途切れて欲しくなかった。
もう車窓に思い出は映らない。心地よいアコギはピアノに変わっていたが、眠る前と変わらずその曲は、最前線を走り抜けていた。
秋恋
僕の手から君と同じ匂いがする。
この時期に鼻がむず痒くなるのは
きっと花粉のせい。
大事にしたい
ずっと傷ついてきた。
誰もが刃を向けてるように見えた。
その刃はとても鋭くて、
漫画みたいな飛ぶ斬撃で体が切れそうだった。
もちろん傷跡は残るわけで、
いつ古傷が開くのか常に恐れていた。
だけどあなたは、それを褒めてくれた。
だからそんなに優しいんだねと、
私を肯定してくれた。
決してそんなことはないんだよって
言いたくなって疼くけれど。
どうせならそう思ってみようって、
身体中の包帯を煌びやかなリボンに変えた。