糸
糸はいつかちぎれるものだと思う、
それは運命の糸だとか、そういうのにも関係する。
いつかちぎれる。いつか離れる。
そうわかっていても、追いかけずにはいられない。
運命とはそういうものだと思う。
いつかちぎれた時。いつか離れた時。
運命が終わりを告げる時に、より一層光り輝く。
美しさとはそういうものだと思う。
マグカップ
熱湯を1センチ入れる。
ココアの粉が溶けやすいように。
よく混ぜて牛乳を入れる。
記憶を注ぐように優しく。
オーブンで温める。
記憶から経験に、知識に。
部屋を少し暗くしてから、
私だけの夜が始まる。
I love
1人の夜が好きだ。
澄んだ空気が世界を満たす。
心も体も冷たくなる。
少し冷える中、温かいココアが映える。
静かな夜、温かいココアと紙とペン。
ただそれがあるだけで、私は満足していた。
熱い友情も、煌めく恋も、恒久の別れも、
経験してはこなかった。
それでも、夜の30分。
他の誰でもない、私を愛する時間だ。
君の名前を呼んだ日
ずっと心にぽっかりと穴が空いたままで、会いたいとどうしても思ってしまう。今願ったところで過去は変わらない。
不幸な交通事故─殺人だった。なぜ酒を飲んだバカな名前も知らないじいさんに貴方の命を奪われなければいけないのか。真っ赤になった貴方の手がだんだんと冷たくなって、最愛の人が死ぬところを見た。2度と会えなくなってしまう…。本当に大切な人。降り始めた雨に貴方の生きた証が洗い流されていく。泣き叫ぶ事も出来ずに、ぼぅっとその光景を眺めていた。
あの時、もし君が先に行くのを止めていれば。もし一緒に行っていたのならば。その未来があるのなら、パラレルワールドでもマルチバースでも信じてやるのに…
君がいなくなってからもう数年経ってしまった。
動かない君の手を握ったまま、乗り越える事も出来ずに惰性で生きてきた。
今朝、食器棚を開いたら形見のコップが粉々に砕けているのを見つけた。
そういえば、強化ガラスは細かな傷でも突然割れてしまう事があるという注意喚起をどこかで見たことがある。
ここがもう、丁度いいのかもしれない。
君を探しに行こう。もし君を見つけられたら、そしたらその時はまた、君の名前を呼べるのだろう。
昨日と違う私 【月夜の化物】
砕いて、集めて、組み直して、
やめて、砕いて、捨てて、組み直す、
大丈夫、ゆっくりでいい、ちょっとずつ、
ちょっとずーつ、人間になるのは大変なことだから、
深い夜に、静かな月に、煙草の匂いに、
見て、聞いて、吸って、夜で充して、
少しずつ、人になっていく、
少しずつ、「僕」に成っていく。