【プレゼント】
「もうすぐ年末か。でも、この世界には『クリスマス』がないんだよな」
そう言って、異世界から来た聖者様は少し寂しそうな顔をした。
「くりすます、とは何ですか?」
それはここでも再現できるものだろうかと、私は尋ねてみた。
「俺がいた世界では、一年間良い子にしていた子供がクリスマスの日にプレゼントをもらえるイベントがあったんだよ。サンタクロースっていう……子供の守り神? いや、守護聖人だったかな? そういうものがいて」
「ここでは貴方が聖人ではないかと……」
「そうなんだよねぇ」
聖者様は少し何かを考えてから「ああ、そうか」と呟いた。
「そうだよ。俺が聖人なんだから、俺がやればいいんだ。やろう、クリスマス」
聖者様はまず、針葉樹の若木を切って来させると、神殿のあちらこちらにそれを立て、飾り付けた。
「来年は鉢植えを頼もうかな。これ、ちょっともったいない気がする」
植物も生きているからね、と優しいことを言って、聖者様は微笑んでいた。
「本当は日が決まっているんだけど、暦が違うし、適当でいいか」
三日後を『クリスマス』とする。そう宣言した聖者様は、大量に菓子を用意した。店で買っただけではなく、手ずからクッキーを焼いて、少しずつ紙袋に入れ、リボンを結んだ。もちろん私も手伝った。
「こんなに沢山どうなさるんですか?」
「流石におもちゃを配るのは大変だからね」
配る……聖者様が焼いたクッキーを配るのか。そんな希少なものを?
クリスマスにすると定めた日。聖者様は神殿の入り口に立って、声を張り上げた。
「俺の故郷のやり方を尊重して、今日は子供のためのプレゼントを用意した。受け取れるのは未成年だけだよ。子供もひとり一回だけね。ほら、並んで並んで。子供連れじゃないなら、渡さないからね」
聖者様が作ったクッキーだとわかると、大人も当然欲しがった。混乱を防ぐため、聖者様は『十二歳以下』と年齢制限を決めた。流石に年を偽るにも限界がある。
噂が街に広まったらしく、午後からは子供連れで神殿に来る者が増えて、大量の菓子は足りなくなってしまった。
「今年は突然だったからね。次からはもっとちゃんと用意しよう」
最後の数人に菓子を渡せなかったことを、聖者様は残念がっていた。
「準備不足だよなぁ」
そう。準備が不十分だったのだ。この世界に『クリスマス』は存在しないし、どんなものかを知っているのは聖者様のみ。
子供のためのプレゼントが配られた、それだけがこの街の人々の認識で。
しばらく経って、年が明け。神官が手書きした新年の暦を見ながら、聖者様は眉を寄せてため息をついた。
「確かにちゃんとクリスマスの説明をしなかったのは俺が悪かったけどさぁ。まさか『子供の日』にされちゃうとはねぇ……」
【ゆずの香り】
冬至のゆず湯に入らなくなったのは、一緒に暮らす彼女の影響だ。肌に合わなくてピリピリと刺激を感じるらしく、それなら僕も無理に入らなくていいかなぁと思うようになった。
それでもこの季節のイベントのひとつであるし、雰囲気は感じたくて、ゆずの香りの入浴剤を使ってみる。彼女も『これなら大丈夫』と言ってくれた物だ。
本物のゆず湯と比べたら、人工的な香りだけど仕方がない。おまけにかぼちゃはスーパーで買ったお惣菜で済ませてしまった。別にそれでもいいじゃないか、十分美味しいんだし。
「私がお風呂を出た後なら、ゆずを入れてもいいんだよ?」
彼女はそんなことを言うけど、僕ひとりのためにゆず湯にするのはもったいない。何より、こういうのは誰かと経験を共有できるから良いのだと思う。
それなら、と僕は彼女にねだった。
「ゆず湯より、同じゆずならアレ作ってよ。紅白なます」
おせち料理なんて元々大して好きでもないけど、彼女が作ってくれた紅白なますは美味しかった。実家の味だそうで、スーパーのお惣菜とは何か違うんだよな。
「クリスマスもまだなのに、おせちは流石に早くない?」
「そうかな。いつ食べてもいいと思うよ。美味しいんだし」
何より、ゆずがスーパーに出回るのは期間限定。今じゃなきゃ作れないものなのだ。
「作ってあげてもいいけど、大根とにんじんを千切りにするのは手伝ってよ」
「もちろん。それくらいいくらでも。スライサーならあるしさ」
ついでに、ゆずの皮を削るのも僕がやろう。彼女がおろし金で怪我なんかしたら大変だ。
「味付けも覚えてみる?」
「教えてくれるの?」
彼女はちょっと苦笑して言った。
「引くほどたっぷりの砂糖が入るレシピで良ければね」
「良いに決まってる」
美味しいものは、大概が、塩か砂糖か油が多いのだ。気にしていては好きなものなんて食えやしない。
好きなものを好きなだけ食べられるのは、自分で作れる者の特権だろう。
今後、彼女の実家に行くことがあったら。たぶん、いつか挨拶をしに行くことにはなるだろうけど……その時には、美味しい紅白なますのレシピを彼女に伝えてくれたことにお礼を言おうと思う。
【大空】
眠すぎるので布団に入ります。大空を飛ぶ夢でも見せてください。それがだめなら、目が覚めた時にサクサク筆が進むネタが浮かんでいますように。
おおぞらをとぶ、と言えば私的にはラーミアですね。なかなか進められていませんが、この時代にリメイクを遊べる機会があることが嬉しいです。
【寂しさ】
寂しさは寒さに似ていると思う
一度暖かさを知ると余計に辛くなるあたりが
【冬は一緒に】
彼女は家族との相性が悪く、自分を守るために距離を置くと決めて、実家を出てきたという人だった。
「母によく言われてたよ。『ひとり暮らしは寂しい』『家に帰っても誰も居ないなんて耐えられない』『あなたには絶対に無理だ』って」
でもねぇ、と彼女は苦笑した。
「全然そんなことなかった。引っ越して初日の夜、部屋にひとりきりで、私が何を感じたと思う?」
わからない、と私は正直に答えた。
「『ああ、良かった』って思ったの。『これで自由だ』『やっとひとりになれた』『開放感が素晴らしい』って。『寂しい』なんて気持ちは本当に少しもなかったなぁ」
「でも、たまには寂しくないですか?」
「そうね。具合が悪い時とか、ちょっとだけ。それでも、実家に居た頃に比べたら……」
親も子もお互いを選べない。確かに、合わない組み合わせというのもあるのだろう。残念なことだが。
「あとはね、暖房って、人が居ないと効きにくいんだなって思ったよ。36度の発熱体がそこに居るってだけで、室温って上がるんだね。家賃が安いのはいいんだけど、建物が古くて無駄に広いから寒くって」
灯油を使うファンヒーターやストーブは使用禁止らしく、現在、暖房はエアコンだけで頑張っているらしい。
「たぶんエアコンの性能が部屋の広さに合ってないんだよ。なかなか設定温度まで上がらなくてさ。こたつを買うか迷ってるけど、あれってその場から動けなくなるじゃない」
「えっと、じゃあ……今度、よ、良かったら、遊びに行ってもいいですか?」
かなり緊張しながら聞くと、彼女は一瞬だけきょとんとした。
「ほら、あの。私も一応36度の発熱体なので。少しは、部屋、暖める手伝いになりますよね、たぶん。だから、その。この冬は一緒に鍋でもしませんか。食材は持って行くので」
もっとしっかりとわかりやすく喋るつもりだったのに、しどろもどろになってしまって、私は赤面した。
「あ、でもでも。もちろん、もし、誰かを部屋に入れるのが嫌なら、場所は、私の家でもいいんですけど……」
我ながら必死すぎて格好悪い。でもずっと、彼女とはもっと親しくなりたいと思っていたのだ。
彼女がくすっと笑った。
「いいね、鍋。鍋自体も発熱体だし、きっと暖かいよね」
どうやら嫌悪感は持たれずに済んだみたいでホッとした。
「けど……うちにはカセットコンロとかないからなぁ」
「あ。それなら、私、卓上IHヒーター持ってます」
「本当? 持ってきてくれる?」
それは、私が彼女の家に行ってもいいってことだ。そうだよね?
「もちろん。持って行きます」
「じゃあさ、食材は一緒に買い出しに行こうよ。スーパーが近いから買い物は便利だよ」
「そうしましょう、ぜひ」
彼女が『無駄に広い』と言った部屋は確かに広くて、元は家族用の間取りだったのだろうと思った。水回りなどはリフォームされていたものの、あちらこちらの雰囲気から建物の築年数が察せられる。
だけど、どういうわけだか居心地が良くて。私はすっかり彼女の家に入り浸るようになってしまった。
「誕生日、近いですよね?」
どんなものを贈ればいいか思い付かなくて、私は思い切って彼女に直接聞くことにした。
「何か欲しいものはないですか」
「そうだなあ」
彼女はいたずらっぽく笑った。
「ね、そろそろ敬語やめない?」
「え?」
「プレゼント、今年はそれでいいよ」
それは、まあ、構わないけれど。
「流石にそれだけじゃあ……」
「じゃあさ、あの卓上ヒーター。あれ、便利だよねぇ」
「わかりました。同じやつ探します」
「敬語になってるよ?」
「まだ誕生日じゃないので、当日までは」
ちょっとすぐには切り替えられなくて、私はそう言い訳をした。
「わかったよ。そういうことにしてあげる」
家族とは一緒に居られなかった彼女が、私とは一緒に過ごしてくれる。そのことに、私はなんとなく安堵している。