【ゆずの香り】
冬至のゆず湯に入らなくなったのは、一緒に暮らす彼女の影響だ。肌に合わなくてピリピリと刺激を感じるらしく、それなら僕も無理に入らなくていいかなぁと思うようになった。
それでもこの季節のイベントのひとつであるし、雰囲気は感じたくて、ゆずの香りの入浴剤を使ってみる。彼女も『これなら大丈夫』と言ってくれた物だ。
本物のゆず湯と比べたら、人工的な香りだけど仕方がない。おまけにかぼちゃはスーパーで買ったお惣菜で済ませてしまった。別にそれでもいいじゃないか、十分美味しいんだし。
「私がお風呂を出た後なら、ゆずを入れてもいいんだよ?」
彼女はそんなことを言うけど、僕ひとりのためにゆず湯にするのはもったいない。何より、こういうのは誰かと経験を共有できるから良いのだと思う。
それなら、と僕は彼女にねだった。
「ゆず湯より、同じゆずならアレ作ってよ。紅白なます」
おせち料理なんて元々大して好きでもないけど、彼女が作ってくれた紅白なますは美味しかった。実家の味だそうで、スーパーのお惣菜とは何か違うんだよな。
「クリスマスもまだなのに、おせちは流石に早くない?」
「そうかな。いつ食べてもいいと思うよ。美味しいんだし」
何より、ゆずがスーパーに出回るのは期間限定。今じゃなきゃ作れないものなのだ。
「作ってあげてもいいけど、大根とにんじんを千切りにするのは手伝ってよ」
「もちろん。それくらいいくらでも。スライサーならあるしさ」
ついでに、ゆずの皮を削るのも僕がやろう。彼女がおろし金で怪我なんかしたら大変だ。
「味付けも覚えてみる?」
「教えてくれるの?」
彼女はちょっと苦笑して言った。
「引くほどたっぷりの砂糖が入るレシピで良ければね」
「良いに決まってる」
美味しいものは、大概が、塩か砂糖か油が多いのだ。気にしていては好きなものなんて食えやしない。
好きなものを好きなだけ食べられるのは、自分で作れる者の特権だろう。
今後、彼女の実家に行くことがあったら。たぶん、いつか挨拶をしに行くことにはなるだろうけど……その時には、美味しい紅白なますのレシピを彼女に伝えてくれたことにお礼を言おうと思う。
12/22/2024, 2:20:23 PM