【愛を注いで】
我が子の代わりと思えるほどの年の差はないとはいえ、愛を注いで慈しんで、大事に大事に育てたはずの弟子だった。あんまり器用な子ではなくて、足りない才能を努力で補うことで、誰からも『優秀』と言われるようになった自慢の弟子。
その子が魔王になったという話を、私は牢獄の中で聞いた。
魔王は魔族の長だ。しかし、本人が魔族である必要はないらしい。元が人間だろうがエルフだろうが、とにかく魔族に認められれば魔王になれる。あの子が魔王になろうと思うような何かがあったとしたら……それはおそらく私が理由だ。私の自惚れでなければ、私が牢獄に入れられた、そのことがきっかけに違いなかった。
私が投獄されたのはとある薬のせいだった。それはエルフの秘宝と呼ばれる花を調合に使った霊薬で、使用した者に不老長寿をもたらすという。元々は、長命なエルフたちが短命な他種族を伴侶に迎える時に使用することがある薬らしい。
私はこれまでに沢山の薬を作ってきた。魔法使いとして薬師として、賢者という呼び名が恥ずかしくないくらいには力があると自負している。確かに私はその霊薬の作り方を知っていたし、作ることができた。けれど、まさか必要な素材を全て揃えられるとは思っていなかった。この国の王の若さや生への執着を甘く見ていたのだ。
国王のための不老長寿の霊薬なんてものを、作るわけにはいかなかった。国の最高権力者が長生きしすぎることが、周囲にどんな影響を与えるか……より良い国を作ってくれるなどと信頼することはできない相手だった。むしろとんでもない暴君になりかねない。
クーデター?
内乱?
庶民がどれほど迷惑するだろう。
薬は作れないと言った。国王はそれを許してはくれなかった。私はわざと失敗し、希少な素材を無駄にしたという理由で拘束され、投獄された。そのまま三年ほど、牢の中で命令された薬を作る日々が続いていた。
すぐに処刑されずに済んだのは、私が作る薬の有用性が高いから。不老長寿の霊薬ももう一度材料を揃えようとしているようだった。しかし、魔王がこの国を攻撃しようとしているということで、それどころではなくなったらしい。
「賢者殿には魔王討伐の勇者に同行してもらうことになった」
鉄格子の外で騎士が言った。
「あの魔王は元はあなたの弟子。あなたが相手であれば油断もするだろう。勇者一行のための回復薬の作成もするようにとのことだ」
そして私は牢から出された。
勇者たちとの旅は居心地が悪く、私が魔王側に寝返るのではないかと常に疑われていることは、誰に聞かなくてもわかっていた。薬の作成以外の私の役目が、魔王に対する囮……人質であることも。私には見張り兼護衛の騎士がつけられ、薬の調合以外、魔力を使うことは禁じられていた。
そんな状態で誰が魔王討伐に力を貸そうと思うだろう。少なくとも私は、勇者とあの子ならあの子を選ぶ。
だから、魔王になって魔族と化したあの子が目の前に現れた時、私は見張りの騎士の制止を振り切り、勇者の声も無視して魔族の方へと駆け寄った。
「お師匠様!!」
私は魔封じの腕輪を着けられていた。魔王は簡単にそれを壊して、私を抱きしめた。そして配下の魔族たちに宣言した。
「帰るぞ。俺はこの人を迎えに来たんだ。他の奴らはどうでもいい」
軽々と私を抱え上げた魔王は、あっさりと勇者に背を向けた。
「……あの、大丈夫?」
背後から刺されるかもしれないけれど。
私が聞くと、魔王は面倒くさそうに言った。
「本当はあの国王をどうにかしたいんですけどね。それをしたら新しい人間の王が必要でしょう。国民に罪はありません……それとも、お師匠様は国が欲しいですか?」
「え、要らない」
「なら、俺も要りませんよ」
「待て!!」
案の定、勇者が追撃してきて……でもその攻撃は魔王に届くことなく弾かれた。結界だ。それもかなり高度な。この子には使えなかったはずのもの。
魔王が勇者を睨んだ。
「国ごと滅ぼしても良いものを、この人ひとりで見逃してやろうというのに」
風魔法でも使ったのか、魔王が軽く腕を振ると、それだけで勇者が吹き飛ばされた。
「行きますよ、お師匠様。ちゃんと掴まって」
魔王の服の胸元を掴んだ。強いめまいのような感覚があって、目の前から勇者も騎士も消え失せる。転移魔法だ。次の瞬間には、どこかの知らない部屋の中にいた。
「魔王城にようこそ」
「ここが?」
じゃあ、さっきまでいたのは……
「ああ。人間たちがここまで攻めてくると鬱陶しいので、ダミーの城があるんです」
私は改めて、自分の弟子と向き合った。魔族になったといっても、人間だった頃の雰囲気が強く残っている。ちょっと耳が尖って、額の左右に小さな角が二対四本生えただけで、肌が緑になったわけでも目が真っ赤になったわけでもない。
「……お師匠様は、角のある俺は嫌いですか」
「そんなことはないけど」
随分強くなったみたいだね、と言えば「頑張りました」と返事が返ってきた。やはりこの子の一番の才能は『努力ができる』ことだろう。
「また一緒に暮らしてくれますか」
愛弟子に聞かれて、ほんの一瞬、返事に詰まった。魔族が嫌なわけではない。自分の元の住処に残してきたものが気になったからだ。厳重な結界で隠した書斎の中のものは、持ち去られてはいないと思うのだけれど。
「あの……私の本とか、研究途中の薬とか」
「後で取りに行きましょう。任せてください。魔族になってできることが増えたので、収納魔法で全部運べます」
「そういうことなら……」
どうせ今頃、私は人間たちの間ではお尋ね者にされているだろう。なら、魔王のお抱え薬師になるのも、悪くないかもしれない。
いただいた♡が1,500を超えまして、記念に何かと思ったりもしたのですが
今日のお題【心と心】ですか……
難しいな
暗い話か自分語りか暗い自分語りになってしまいそうです
ただまあ、ここで私の心のうちを述べても誰かの心に届くかはわかりませんが
少しばかり語らせていただくと
私、十何年か前まで割と希○念慮にやられていたんですよね
こういうこと書くと年がバレそうですけど
それでもまあ、今は結構幸せなんですよ
苦しんでいる最中のどなたかに
頑張れとは言わないし言えませんが
抜け出せる可能性はあります
ありますよ、ここに実例がいるので
かなりラッキーな例かもしれませんが
皆無ではありません
とりあえず、もうしばらく生きてみませんか
なんてことを伝えたいなと、最近の私は思っていたりします
まあ、押し付けがましいのは嫌なので、誰かに直接何かをすることはないでしょう
逆効果になりかねませんし
ただ、こういう人間もいるよと、ひっそり発信するくらいでいいのかもしれません
【何でもないフリ】
自分に『大丈夫』と言い聞かせ
何でもないフリをする
そんなもの
全然、大丈夫ではないし
フリでしかない
だって、本当に大丈夫な時には
『大丈夫』なんて
わざわざ言葉にして
意識したりなんか
しないでしょ?
玄関チャイムの音が苦手な私は
うーばーイーツのCMで
『ビクッ』としたら
それはもう、弱っている時なんだ
しっかり休んで
自分を甘やかして
もっと楽して
生きていきたいねぇ
【仲間】
「あなたを、私の趣味を理解してくれる仲間だと思って相談するんだけどね?」
私は少しだけ周囲を気にしながら、そう切り出した。正面に座る友人の前にはブレンドコーヒーと季節のフルーツパフェがある。どちらも私の奢りだ。
「どうしたのさ、改まって。まあ、甘いものを食べさせてくれるなら相談くらいいくらでも聞くけど」
「知ってると思うけど、私、一次創作書くじゃん?」
「ああ……うん。私にはあんまり読むなとか感想は聞きたくないとか言うあれね」
「そうそれ。私、結構登場人物に名前を付けないことが多いのよ。短編だと特に」
友人は「ふーん」と言いながら、パフェの天辺に乗った苺を摘んだ。
「……酸っぱい……」
「ちょっと、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。で、キャラの名前がどうかしたの?」
「たまには短編でも登場人物に名前を付けたい時があるの。会話の流れで呼ばせたいとか。ないと不便な時とか」
「うん、それで?」
「適当に付けるから思い入れとかなくて。誰にどの名前付けたかすぐ忘れちゃうのよ」
「へー」
パフェのアイスで冷えたのか、友人はコーヒーをひと口飲んで、ほうっと息を吐いた。
「もう。ちゃんと聞いて」
「聞いてるよー」
「一応『当たり障りのない名前のストック』みたいなものはあるのね。でも、どれを使ったかわからなくなっちゃったの」
「あー。それがどっかの剣士と勇者の息子の名前が被った理由かぁ」
「なっ……!」
絶句した私に、友人はパフェをつつきながら言った。
「名前のストックがあるならメモでもしておけば。簡単なことでしょ」
「……読まないでって言ったじゃん!!」
「なんでよー。ネットに公開してるなら私が見てもいいでしょー?」
「リアルの知り合いとか身内に見られるのは恥ずかしいんだってば」
「だからいつも見てないふりしてあげてるじゃない?」
ニヤニヤしている友人と、赤い顔でミルクティーを飲む私。
「誤字脱字のチェックでもしてあげようか?」
「やめて、本当に」
そんなことされたら羞恥でしんでしまう。
「でもまあ、何かあったら言いなさいよ。私は小説とか書かないから、本当の意味で仲間になれるかは自信ないけど、味方にはなってあげるからさ」
そう言って、友人はパフェのクリームを口に含み、幸せそうに笑み崩れた。
【手を繋いで】
「手を繋いでくれないか?」
真っ赤な顔で左手を差し出してきたその人を見て、僕は『え、普通に嫌だな』と思ったし、表情が引き攣るのを誤魔化せなかった。
「……悪かったな! そんな顔しなくてもいいだろ!? 流石に俺も傷付くぜ?」
「あ、いえ、その。すみません……なんで僕が隊長と?」
目の前の男の特徴を表現するなら『でかい』のひと言だ。この人は魔法士団の所属ではあるが、剣の腕もなかなかのもので、騎士団からもスカウトを受けていたという肉体派。今も差し出したのが左手なのは剣を使う右手を塞ぎたくないからだろう。
もちろん立派な成人男性であり、本来なら僕と手を繋ぐ理由がない。恋人同士でもなく家族でもなく、ふざけてじゃれつく関係でもない。
「妖精の悪戯をくらった」
隊長が苦々しい声で言った。
「『方向失認』の呪いだ。まともに歩くこともできねぇ」
ああ……呪いか……なら仕方ないか。
『方向失認』の呪いを受けたということは、今の隊長は凄まじい方向音痴になっているわけだ。十歩歩くだけで道に迷うと言われる強力な呪いだ。通い慣れた道もわからなくなる。
対処法は、とにかく呪いを受けた本人から目を離さないこと。誰かが見ていなければ行方不明になりかねない。三日も経てば妖精が飽きて呪いは解除されるはずだけど……
「手を繋ぐ必要、あります?」
近くで見張って『そっちじゃない』と声を掛ければいいだけじゃないのか。
「……今朝ここまで来るのに別の隊員に頼んだら、よそ見をされて、気付いた時には第二倉庫にいたんだ」
「なるほど」
この執務室と第二倉庫では方向がまったく違うし、建物二つ分くらいは距離が離れている。
「よく戻って来られましたね」
「兵站部の治癒士が手を繋いで案内してくれた」
「え。治癒士の誰が」
兵站部は物資の保管やら輸送やら、遠征の時には料理なんかもしてくれる支援部隊だ。前線に立つことが少ないせいか、線の細い人間が多く、何人か団内でアイドル扱いされている美人がいる。
「……レベッカ班長だ」
「うっわ、羨ましい!!」
つい大きくなった僕の声に、隊長は嫌そうな顔をした。
「どこがだ。あの魔女、今いくつだと思ってる? 俺より年上だぞ。大体あいつの治癒魔法は乱暴で無駄に痛いんだよ、嗜虐趣味があるとしか思えねぇよ」
「でも、めちゃくちゃ美人じゃないですか。レベッカ班長に治療されたいって男は多いですよ」
「……お前もか?」
「僕、治癒魔法は自分で使えるので」
「ああ、そうだったな」
「それで、隊長はどこに行きたいんですか」
「騎士団本部だ。次の合同演習に関する書類に不備があったとかで、直接説明に来いと言われている」
「大事な案件じゃないですか。それ早く言ってくださいよ!」
大きくて硬くてサカつく隊長の手を取り、隣を歩く。騎士団本部までの距離がものすごく長く感じた。すれ違う人たちにジロジロと見られている気も……って、それは気のせいじゃないな。何事かと思われている。隊長の背中にでも張り紙をしたい気分だ。『要支援、現在呪われています』と。
「そもそも、なんで呪われたんですか」
「昨日、団長が甥っ子とかいう子供を連れて来てただろ。あの子が妖精の巣をつついて怒らせたんだ。呪われそうになったんで、代わりに俺が呪いを受けた」
「はあ……」
そんなの放っておけばいいのにと思うが、実にこの人らしい。それも、団長に気に入られて出世しようなんてことはこれっぽっちも考えていないのだ。ただ『弱いものは守らねば』という信念で動いているだけ。
「隊長の明日の出勤、何時ですか」
「ん? 何か用事か?」
「宿舎の部屋まで迎えに行きますよ。また倉庫まで無駄に歩くとか嫌でしょ」
「呪いが解けるまで、お前が世話してくれるのか?」
「ええ。その代わり、今度一杯奢ってくださいね?」
「……仕方ねぇな。頼むわ」
騎士団本部からの帰り道。僕は隊長と手を繋ぐ代わりに制服の袖の上から腕を掴んだ。
「最初からこれで良かったっすね」
「……ああ、そうだな」
隊長も慌てていたのだろう。手を繋ぐ、という方法以外、思いつかなかったらしい。そのことが恥ずかしかったようだが……
「そこで照れないでくださいよ。気色悪い」
「……お前、意外と性格キツイよな」
そんなの。心の広い上司が軽口を許してくれるって知っているからだ。
「ねぇ、隊長。長生きしてくださいね」
「なんだよ、急に」
「いえ、なんとなく?」
だってアンタ簡単に死にそうじゃないか。子供を庇うだけじゃない。軍人なんて仕事をしてるのに部下を切り捨てることを躊躇する。だからこそ、僕も他の隊員もこの人について行こうと思えるのだが。
この人の甘さが嫌いじゃない。けど、それが本人の首を絞めることにならなければ良いと、本当にそう思っている。