るね

Open App
10/29/2024, 12:56:28 PM

【もう一つの物語】


勇者は魔王と相打ちになった。
聖女と仲間は折れた聖剣と共に帰還した。

人々は勇者を英雄と賛え。
吟遊詩人が彼の偉業を歌う。



だけどそれは表向きのおはなし。
聖女たちはもう一つの物語を知っている。



勇者は魔王を憐れみ、救済を望んだ。
女神がそれを聞き届け奇跡が起きた。
魔王に慈悲を。憐れな魂に再生を。

魔王だったものは浄化され。
記憶を封じられて人の子になった。

勇者は子供を抱えて行方をくらませた。
その子供がこれ以上傷付かないように。



祖国に戻った聖女は今日も勇者とその養い子の幸福を祈っている。



10/28/2024, 12:49:47 PM

【暗がりの中で】


暗がりねぇ……何か書けるかな、と思った時に思い出してしまった。


真夏に素足でナメクジを踏んだら

ひやってしてると思う?
冷たそう?

そんなことなかった。
生暖かかったよ……
あいつら意外と常温だよ……

明かりはちゃんとつけようって思った。


なるべく早く忘れたい記憶、です。



10/26/2024, 10:53:44 AM

【愛言葉】



面と向かって『愛してる』と言うのは気恥ずかしくて。でも『好き』と言うのも照れるから。
茶化してふざけて『しゅき』と言う。

毎日『しゅき』と言って、言われて、12年。

いい年をして『しゅき』もないよなぁとは思うんだけど。
二人きりの時の愛言葉だから。
外では言わないから。
子供っぽくても、大目に見て欲しい。


10/25/2024, 10:51:33 PM

長め。1,200字くらいです。
───────────────────
【友達】


きっと、友達だと思っていたのは、僕だけだったんだろう。そっと打ち明け、相談した、そのセンシティブな内容を、幼馴染はあっさり他人に漏らした。

以来、僕は教室で孤立し、陰口を叩かれ、クスクスと笑われている。

当たり前だ。
前世の記憶を夢に見ている……なんて、僕だって、自分のことじゃなかったら信じない。

魔法があった世界で、前世の僕はそこそこ有名な魔法使いだった。
『賢者様』なんて呼ばれていたくらいに。

日本には魔力も魔法もない。それが苦しい。
窮屈で、不安で、落ち着かない。
もう一度魔法が使えたら。そんなことを考えていたからだろうか……



幼馴染が妙に真剣な顔で話しかけてきた。
「夢のこと、喋ってごめん」
今更謝罪されても、僕の居場所は戻ってこないだろう。いいよ、なんて。言えるわけなかった。

一緒に帰ろうと言われて、方向も同じだから仕方なく歩き始めた。
そうしたら。地面が光って。

召喚魔法だった。
引き摺り込まれそうになったあいつの腕を咄嗟に掴んだ。

僕には魔法を解除することもできたのに。
抗えなかった。
魔力の気配が懐かしくて。
このままついて行ければと、思ってしまった。



召喚された先は僕が前世を過ごした世界で。
賢者のことを知っている人たちがいて。
僕は魔力と魔法を取り戻した。
ああ。自由だ。やっときちんと息ができる。

幼馴染は勇者だとか言われていたけど。
本人は異世界に連れてこられたことに酷くショックを受けていて、あまり話を聞ける状態じゃなかった。

僕は幼馴染を守ることにした。
召喚を阻止しなかった罪悪感もあった。
何より、今の僕はとても強いのだ。無力な子供は守らなきゃいけないだろう。

勇者の使命とやらに胡散臭さを感じて、僕は勇者の代役を申し出た。途端に、偉そうな大人たちの顔色が悪くなる。

前世の名前を使って、脅して、聞き出した。
ちょっと魔法も使った。ちょっとだけ、だ。
そいつらは、勇者を戦争の道具にしようとしていた。
そんなこと、させられるわけがない。

僕は幼馴染を連れて城を飛び出し、前世で世話になっていた国に身を寄せた。
僕のことを覚えていた人たちが、戸惑いながらも歓迎してくれた。
「賢者様が随分と可愛くなってしまわれた」
なんて言われたのは心外だけど。

顔見知りの国王に戦争の情報を伝えた。
戦争はさせない、回避する。そう約束してもらえて、ホッとした。

幼馴染は僕に改めて謝罪してきた。
まさか、本当に前世や異世界が存在するとは思わなかった……と。

当たり前だ。
僕だって、自分が関わってなければこんな話を信じたりしない。
僕と幼馴染はもう一度、友達になった。

僕は今、召喚した異世界人を送り返す魔法を研究している。
幼馴染は「もういい」なんて言っているけど、彼を家族に会わせてやりたいんだ。

ただ、勇者の力に目覚めた彼は、毎日とても楽しそうなので……
もしかしたら、僕が開発するのは『異世界と手紙のやり取りをする魔法』くらいがちょうどいいのかもしれない。



10/24/2024, 11:12:02 PM

【行かないで】


もしも私が「行かないで」と彼を引き止めていたら、何かが変わっていたのだろうか。

村を出た幼馴染が勇者になった。
本当に彼が、と半信半疑だったけど。
魔王を倒して凱旋した勇者には、金髪美人の魔法使いがぴったりと寄り添っていた。

別に恋人だったわけじゃない。
将来の約束なんてしていない。
でも、身近にいた強い男の子にほんの少しの憧れがあったのも確かだった。

これは失恋なのだろうか……

勇者は私を仲間に紹介してくれた。
「この村で一緒に育った幼馴染なんだ」
彼がそう言う間も、左腕には魔法使いがくっついていた。

魔法使いが面白そうな顔をして私を見た。
「もしかして、こいつのこと好きだった?」
その声が思いの外低くて、気が付いた。

この人、めちゃくちゃ美人だけど男だ。

「この勇者様は女の子とはお付き合いできないんじゃないかなぁ」
知らなかった。まさか彼がそういう……

「幼馴染ちゃん!」
聖女様がいきなりガバッと私の肩を抱いた。
「この村に酒場とかあったら案内してよ。こんな男どもは放っておいて、お姉さんと一杯やろうよー」

魔法使いが顔を顰める。
「お前、酒ばっかりだなぁ。聖女様がそれでいいのか?」
「あら。お酒は百薬の長なのよ」
「……ああもう、好きにしろ」

私は村の唯一の酒場に聖女様を連れていった。
二人で食べて飲んで沢山話をした。



「遊びに来ちゃった」
そう言って、聖女様が笑う。
「おひとりで、ですか?」
「そう。転移魔法で。ね、飲みに行こ?」
どういうわけか、私はこの人にすっかり気に入られてしまったらしい。

「凱旋パレードとか夜会とか、もうやだ。面倒くさいよー」
そう愚痴をこぼす聖女様の頭をぽんぽん撫でて励ます。
「ちゃんと参加してて偉い偉い」

「ねぇ。一緒に王都に来てくれない?」
聖女様の言葉に首を振る。
「私はこの村が好きなので……」
「そっか」

聖女様に聞かれた。
「この村が変わるのは嫌?」
「それはどういう……」
「賑やかになったり、人が増えるのは嫌かな」
「いえ。豊かになるのは良いことですよね」
その時はなんでそんなことを言われたか、わからなかった。




三ヶ月ほど経って。
村の古びた神殿は、今、工事中だ。
ものすごく大きく立派になるらしい。
聖女様の居場所に相応しいものに。



Next