またしても1,400字超
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【どこまでも続く青い空】
背の低い藪が点在するだけの荒野。そして、どこまでも続く青い空。隠れる場所なんてありゃしない。私は必死に走った。けど、振り切れるはずがなかった。
何せ、今私を追いかけているのは竜である。
どうしてこんなことになったかと言えば、ついさっき火竜の寝床に忍び込み、そこに落ちていた鱗を何枚か失敬してきたからだ。
仕方ないじゃない。お金が必要だったの。
馬鹿な家族の借金のせいで、このままだとどこかに売られるかもしれないのよ。
なんで私が?
借金した本人が身売りしなさいよ!
口から心臓が飛び出しそうなくらいに走って、でもやっぱり無理だった。巨大な竜の身体が影を作る。上空から赤い火竜が降りてきた。
もうだめだ。この竜に獲物を甚振る趣味がないといいけど。せめてひと思いにやって欲しい。
「ご、ごめ……ごめん、なさい!」
前言撤回。
覚悟を決めるなんてできなかった。
気付けば必死に謝罪していた。
怖くて、怖くて、許して欲しかった。
「う、鱗、返す。返すから……!」
両手で握り締めていた鱗を差し出せば、火竜が私の前で首を傾げた。
『要らないの?』
「……え?」
今、喋った、のか?
この火竜が?
『それ、ゴミだから全部持ってっていいよって、言おうとしたら急に走り出すし』
「…………え?」
それって。ゴミって……この鱗?
『焦ったよ。君、真っ直ぐ森の方に進もうとしてるんだもん。ジャイアントグリズリーの巣があるから、危ないよ?』
「…………え」
私が危険地帯に入り込もうとしてたから、止めに来た、のか?
この火竜が?
『僕、人間と話すのはすごく久しぶりなんだ。怖がられてるから、仕方ないけど。別に食べたりしないのに』
「……そう、なの……?」
この火竜は人間を食べないと言う。
鱗はくれるみたいだし。
追いかけて来たのは、私を止めるためで。
もしかして良い人……いや、人じゃないけど。
『あ、ちょっと待って。話づらいよねぇ』
火竜の身体が虹色に光り、輪郭がぐにゃりと歪んで、小さくなった。
光が消えたら、そこにいたのは若い男……
「ちょっと! 服を着なさいよ、服を!!」
なんで全裸なのよ。お前は野生動物か!?
野生動物だったわ!!
「そっか。人間は布を纏うんだっけ。今、魔力で何か作るから、ちょっと待って」
少し待ったら、なんかずるずると身体にシーツを巻き付けたみたいな姿になっていたけど、布と服の区別がついていないのか。そうなのか?
「どうして鱗が欲しいのか聞いてもいい?」
「えっと、それは……」
私は火竜に全て話した。
借金のこと、家族と上手くいっていないこと、身内が馬鹿すぎること、身代わりで売られそうになっていること、この鱗が高く売れること。
話し出すと止まらなかった。
誰かに愚痴を聞いて欲しかったのだ。
火竜は親身になって聞いてくれた。
泣き出した私を慰めてくれた。
「でも、君が借金を返してあげる必要はないんじゃない?」
「売られちゃうのよ!?」
「逃げればいいよ。僕が守ってあげる」
「…………え?」
「その代わり、友達になってよ。話し相手が欲しかったんだ」
「本当に守ってくれるの?」
「うん」
「でも……」
私は周囲を見回した。荒野である。
火竜が住処にしている岩山が見える。
うん……何もない。
「あのね。私は人間だし、ここでは暮らせないわよ?」
「そうなの? じゃあ、僕が町に行くよ」
え。こいつが?
もしかして、私が面倒を見るのか?
ああ、でも。売られるよりは……
……と、いうのが馴れ初めなのだと、この国を守る守護竜の妻でもある巫女は、恥ずかしそうに語った。
長くなってしまった。1,400字超です。
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【声が枯れるまで】
魔法を使うのに『声』なんて要らない。
『無詠唱、格好いいだろ』なんて粋がっていた過去の自分をぶん殴りたい。
「だから何度も言ってんだろう!! ちゃんと声掛けろって!!」
戦士ケインの怒鳴り声が酒場に響く。
俺が魔法の『発動句』を忘れたからだ。
『発動句』は『呪文』じゃないし『詠唱』とは違う。
この世界で『無詠唱』は別に格好いいものじゃない。
元々詠唱は必要ない。なのに声を出すのだ。
それに気が付くまで、転生者の俺は随分時間がかかってしまった。
例えば《ファイアボール》という発動句。
これは魔法の属性が火で、大体こぶし大のボール状で、相手に向かって飛ぶ魔法を放つ時のもの。
魔法使いがちゃんと「ファイアボール」と言えば、前衛で戦う戦士は『声の方向から火の玉が飛んでくるな』とわかるし、避けられる。
これが『発動句』無しだと、どんな魔法がいつどこから放たれるかわからないわけだ。
そんなの危険極まりない。それはわかる。
だけど。
咄嗟に声より先に魔法が出てしまう。
ソロで活動していたことの弊害だ。
俺は壊滅的に他人との共闘が下手だった。
「……ごめん。気を付けるから」
謝ったら、ケインは益々キレた。
「そんなちっせえ声で聞こえるかよ! 慣れてねぇなら練習しろ! もっとでかい声出せ!! 叫べよ、声が枯れるまでさぁ!!」
「ごめん」
「聞こえねぇって言ってんだろ!!」
「落ち着きなよ。悪気はないんだから」
パーティの紅一点、僧侶のレイラが俺を庇うせいで、ケインは更に機嫌が悪くなる。
「悪気がなけりゃいいのかよ!? いつか誰かが大怪我するぜ、こいつの魔法でな!!」
もう、これ以上は無理だ。限界だ。
怒鳴られるたびに『俺』が擦り減っていく。
「悪かった……パーティ、抜けさせてくれ」
「はあ!?」
「ごめん」
盛大に舌打ちして、ケインは席を立った。
「勝手にしろ」
「あ、あの。元気でね!」
レイラがケインのあとを追う。
もうひとりの仲間である武闘家が、ちゃんと代金を払ってくれたことにホッとした。
「君、大丈夫?」
俺に声を掛けてきたのは男の魔法使いだった。
「ソロが長かったの? 連携、難しいよね」
勝手に隣に座ったそいつは、俺に一杯奢ってくれた。
「良かったら、僕が練習に付き合おうか?」
「練習……?」
「そ。声を出す練習」
このままひとりになりたい気もした。
けど、独りになりたいわけじゃなかった。
「……お願いできますか?」
「うん。僕はルーファス。よろしくね」
「俺、クオンっていいます。よろしく」
最初は弱い魔物相手に戦闘を繰り返した。
とにかく声を出す練習をした。
余裕のある戦いから少しずつ、難易度を上げていった。
ルーファスと二人だと前衛がいない。
でも、それが問題にならないくらい、ルーファスは防御魔法が上手だった。
お互い魔力は多かった。
前衛がいない不安はなかった。
相性も良かったのだろう。
防御はルーファスが。攻撃は俺が。
戦士と組むより、ずっと戦いやすかった。
俺たちはお互いの魔力の動きで相手のしたいことがわかるようになっていった。
声なんか掛けなくても、自分の魔法で怪我をさせるなんてことはないと確信を持った。
魔物にだって耳はある。
『発動句』を使わなければ不意をつける。
俺たちは声掛けなんてしなくなった。
魔法使いの二人組。
前衛がいないパーティ。
なのに強い、と俺たちは評判になっていった。
魔法を使うのに『声』なんて要らない。
『発動句』だって要らなかったのだ。
誰かを巻き込むことはないとわかっていれば。
「クオンの発声練習が目的だったのになぁ」
どうしてこうなった、と相棒が笑った。
【すれ違い】
ドラゴンクエストコンサートに幸運にも行けたことがある。
すぎやま先生がまだご存命で、指揮に立っていらした。
音はもちろん素晴らしく
隣の席には大切な人もいて
本当に幸せなひと時だった
忘れられないのは、開演前の会場内
沢山の人が同じ場所で
同じタイミングで
3DSの画面を熱心に見ていた様子
『すぎやま先生とすれ違えた幸運な人』
なんて
もしかしたら、いたりしたのかな?
【忘れたくても忘れられない】
書けそうなら後で書きます。
ファンタジーしか書けませんでした。
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【高く高く】
飛竜乗りになったのは、ただ高く高く飛びたかったから。卵の頃から育てた相棒と、どこまでもどこまでも、高く速く遠くへ。
最初の仕事は手紙の配達。
忘れ物の書類を急ぎで届けて、なんて依頼もあったなあ。
プレゼントを日時指定で運んだり。
空から花びらを撒いたこともある。あれはプロポーズの演出で頼まれたんだよな。
飛ぶのが楽しかった。
役に立てれば嬉しかった。
いつからか、国からの依頼が増えて。
食料を運んだ。酒を運んだ。薬を運んだ。
そこまではまだ良かった。
武器を運べと言われた。
断れなかった。
そして今日。
「運べ」と置いていかれたのは油の樽。
上空から敵陣に落とせってさ。
火矢を射掛けるんだってさ。
どれだけの犠牲が出るのだろう。
竜舎で相棒が「クルクル」と鳴く。
僕に甘える時の声だ。
美しくて気高くて可愛らしい生き物。
こいつを戦争の兵器にするなんて。
幸い今夜は雲が厚い。
月も暗く、星は見えない。
僕は相棒に鞍を乗せた。
暗闇は僕には何も見えないけれど。
こいつはちゃんと飛んでくれる。
さあ、行こうか。
高く高く、遠く遠く。
誰も知らない、どこか平和な場所まで。