長くなってしまった。1,400字超です。
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【声が枯れるまで】
魔法を使うのに『声』なんて要らない。
『無詠唱、格好いいだろ』なんて粋がっていた過去の自分をぶん殴りたい。
「だから何度も言ってんだろう!! ちゃんと声掛けろって!!」
戦士ケインの怒鳴り声が酒場に響く。
俺が魔法の『発動句』を忘れたからだ。
『発動句』は『呪文』じゃないし『詠唱』とは違う。
この世界で『無詠唱』は別に格好いいものじゃない。
元々詠唱は必要ない。なのに声を出すのだ。
それに気が付くまで、転生者の俺は随分時間がかかってしまった。
例えば《ファイアボール》という発動句。
これは魔法の属性が火で、大体こぶし大のボール状で、相手に向かって飛ぶ魔法を放つ時のもの。
魔法使いがちゃんと「ファイアボール」と言えば、前衛で戦う戦士は『声の方向から火の玉が飛んでくるな』とわかるし、避けられる。
これが『発動句』無しだと、どんな魔法がいつどこから放たれるかわからないわけだ。
そんなの危険極まりない。それはわかる。
だけど。
咄嗟に声より先に魔法が出てしまう。
ソロで活動していたことの弊害だ。
俺は壊滅的に他人との共闘が下手だった。
「……ごめん。気を付けるから」
謝ったら、ケインは益々キレた。
「そんなちっせえ声で聞こえるかよ! 慣れてねぇなら練習しろ! もっとでかい声出せ!! 叫べよ、声が枯れるまでさぁ!!」
「ごめん」
「聞こえねぇって言ってんだろ!!」
「落ち着きなよ。悪気はないんだから」
パーティの紅一点、僧侶のレイラが俺を庇うせいで、ケインは更に機嫌が悪くなる。
「悪気がなけりゃいいのかよ!? いつか誰かが大怪我するぜ、こいつの魔法でな!!」
もう、これ以上は無理だ。限界だ。
怒鳴られるたびに『俺』が擦り減っていく。
「悪かった……パーティ、抜けさせてくれ」
「はあ!?」
「ごめん」
盛大に舌打ちして、ケインは席を立った。
「勝手にしろ」
「あ、あの。元気でね!」
レイラがケインのあとを追う。
もうひとりの仲間である武闘家が、ちゃんと代金を払ってくれたことにホッとした。
「君、大丈夫?」
俺に声を掛けてきたのは男の魔法使いだった。
「ソロが長かったの? 連携、難しいよね」
勝手に隣に座ったそいつは、俺に一杯奢ってくれた。
「良かったら、僕が練習に付き合おうか?」
「練習……?」
「そ。声を出す練習」
このままひとりになりたい気もした。
けど、独りになりたいわけじゃなかった。
「……お願いできますか?」
「うん。僕はルーファス。よろしくね」
「俺、クオンっていいます。よろしく」
最初は弱い魔物相手に戦闘を繰り返した。
とにかく声を出す練習をした。
余裕のある戦いから少しずつ、難易度を上げていった。
ルーファスと二人だと前衛がいない。
でも、それが問題にならないくらい、ルーファスは防御魔法が上手だった。
お互い魔力は多かった。
前衛がいない不安はなかった。
相性も良かったのだろう。
防御はルーファスが。攻撃は俺が。
戦士と組むより、ずっと戦いやすかった。
俺たちはお互いの魔力の動きで相手のしたいことがわかるようになっていった。
声なんか掛けなくても、自分の魔法で怪我をさせるなんてことはないと確信を持った。
魔物にだって耳はある。
『発動句』を使わなければ不意をつける。
俺たちは声掛けなんてしなくなった。
魔法使いの二人組。
前衛がいないパーティ。
なのに強い、と俺たちは評判になっていった。
魔法を使うのに『声』なんて要らない。
『発動句』だって要らなかったのだ。
誰かを巻き込むことはないとわかっていれば。
「クオンの発声練習が目的だったのになぁ」
どうしてこうなった、と相棒が笑った。
10/21/2024, 1:37:25 PM