るね

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【行かないで】


もしも私が「行かないで」と彼を引き止めていたら、何かが変わっていたのだろうか。

村を出た幼馴染が勇者になった。
本当に彼が、と半信半疑だったけど。
魔王を倒して凱旋した勇者には、金髪美人の魔法使いがぴったりと寄り添っていた。

別に恋人だったわけじゃない。
将来の約束なんてしていない。
でも、身近にいた強い男の子にほんの少しの憧れがあったのも確かだった。

これは失恋なのだろうか……

勇者は私を仲間に紹介してくれた。
「この村で一緒に育った幼馴染なんだ」
彼がそう言う間も、左腕には魔法使いがくっついていた。

魔法使いが面白そうな顔をして私を見た。
「もしかして、こいつのこと好きだった?」
その声が思いの外低くて、気が付いた。

この人、めちゃくちゃ美人だけど男だ。

「この勇者様は女の子とはお付き合いできないんじゃないかなぁ」
知らなかった。まさか彼がそういう……

「幼馴染ちゃん!」
聖女様がいきなりガバッと私の肩を抱いた。
「この村に酒場とかあったら案内してよ。こんな男どもは放っておいて、お姉さんと一杯やろうよー」

魔法使いが顔を顰める。
「お前、酒ばっかりだなぁ。聖女様がそれでいいのか?」
「あら。お酒は百薬の長なのよ」
「……ああもう、好きにしろ」

私は村の唯一の酒場に聖女様を連れていった。
二人で食べて飲んで沢山話をした。



「遊びに来ちゃった」
そう言って、聖女様が笑う。
「おひとりで、ですか?」
「そう。転移魔法で。ね、飲みに行こ?」
どういうわけか、私はこの人にすっかり気に入られてしまったらしい。

「凱旋パレードとか夜会とか、もうやだ。面倒くさいよー」
そう愚痴をこぼす聖女様の頭をぽんぽん撫でて励ます。
「ちゃんと参加してて偉い偉い」

「ねぇ。一緒に王都に来てくれない?」
聖女様の言葉に首を振る。
「私はこの村が好きなので……」
「そっか」

聖女様に聞かれた。
「この村が変わるのは嫌?」
「それはどういう……」
「賑やかになったり、人が増えるのは嫌かな」
「いえ。豊かになるのは良いことですよね」
その時はなんでそんなことを言われたか、わからなかった。




三ヶ月ほど経って。
村の古びた神殿は、今、工事中だ。
ものすごく大きく立派になるらしい。
聖女様の居場所に相応しいものに。



10/24/2024, 11:12:02 PM