【愛言葉】
面と向かって『愛してる』と言うのは気恥ずかしくて。でも『好き』と言うのも照れるから。
茶化してふざけて『しゅき』と言う。
毎日『しゅき』と言って、言われて、12年。
いい年をして『しゅき』もないよなぁとは思うんだけど。
二人きりの時の愛言葉だから。
外では言わないから。
子供っぽくても、大目に見て欲しい。
長め。1,200字くらいです。
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【友達】
きっと、友達だと思っていたのは、僕だけだったんだろう。そっと打ち明け、相談した、そのセンシティブな内容を、幼馴染はあっさり他人に漏らした。
以来、僕は教室で孤立し、陰口を叩かれ、クスクスと笑われている。
当たり前だ。
前世の記憶を夢に見ている……なんて、僕だって、自分のことじゃなかったら信じない。
魔法があった世界で、前世の僕はそこそこ有名な魔法使いだった。
『賢者様』なんて呼ばれていたくらいに。
日本には魔力も魔法もない。それが苦しい。
窮屈で、不安で、落ち着かない。
もう一度魔法が使えたら。そんなことを考えていたからだろうか……
幼馴染が妙に真剣な顔で話しかけてきた。
「夢のこと、喋ってごめん」
今更謝罪されても、僕の居場所は戻ってこないだろう。いいよ、なんて。言えるわけなかった。
一緒に帰ろうと言われて、方向も同じだから仕方なく歩き始めた。
そうしたら。地面が光って。
召喚魔法だった。
引き摺り込まれそうになったあいつの腕を咄嗟に掴んだ。
僕には魔法を解除することもできたのに。
抗えなかった。
魔力の気配が懐かしくて。
このままついて行ければと、思ってしまった。
召喚された先は僕が前世を過ごした世界で。
賢者のことを知っている人たちがいて。
僕は魔力と魔法を取り戻した。
ああ。自由だ。やっときちんと息ができる。
幼馴染は勇者だとか言われていたけど。
本人は異世界に連れてこられたことに酷くショックを受けていて、あまり話を聞ける状態じゃなかった。
僕は幼馴染を守ることにした。
召喚を阻止しなかった罪悪感もあった。
何より、今の僕はとても強いのだ。無力な子供は守らなきゃいけないだろう。
勇者の使命とやらに胡散臭さを感じて、僕は勇者の代役を申し出た。途端に、偉そうな大人たちの顔色が悪くなる。
前世の名前を使って、脅して、聞き出した。
ちょっと魔法も使った。ちょっとだけ、だ。
そいつらは、勇者を戦争の道具にしようとしていた。
そんなこと、させられるわけがない。
僕は幼馴染を連れて城を飛び出し、前世で世話になっていた国に身を寄せた。
僕のことを覚えていた人たちが、戸惑いながらも歓迎してくれた。
「賢者様が随分と可愛くなってしまわれた」
なんて言われたのは心外だけど。
顔見知りの国王に戦争の情報を伝えた。
戦争はさせない、回避する。そう約束してもらえて、ホッとした。
幼馴染は僕に改めて謝罪してきた。
まさか、本当に前世や異世界が存在するとは思わなかった……と。
当たり前だ。
僕だって、自分が関わってなければこんな話を信じたりしない。
僕と幼馴染はもう一度、友達になった。
僕は今、召喚した異世界人を送り返す魔法を研究している。
幼馴染は「もういい」なんて言っているけど、彼を家族に会わせてやりたいんだ。
ただ、勇者の力に目覚めた彼は、毎日とても楽しそうなので……
もしかしたら、僕が開発するのは『異世界と手紙のやり取りをする魔法』くらいがちょうどいいのかもしれない。
【行かないで】
もしも私が「行かないで」と彼を引き止めていたら、何かが変わっていたのだろうか。
村を出た幼馴染が勇者になった。
本当に彼が、と半信半疑だったけど。
魔王を倒して凱旋した勇者には、金髪美人の魔法使いがぴったりと寄り添っていた。
別に恋人だったわけじゃない。
将来の約束なんてしていない。
でも、身近にいた強い男の子にほんの少しの憧れがあったのも確かだった。
これは失恋なのだろうか……
勇者は私を仲間に紹介してくれた。
「この村で一緒に育った幼馴染なんだ」
彼がそう言う間も、左腕には魔法使いがくっついていた。
魔法使いが面白そうな顔をして私を見た。
「もしかして、こいつのこと好きだった?」
その声が思いの外低くて、気が付いた。
この人、めちゃくちゃ美人だけど男だ。
「この勇者様は女の子とはお付き合いできないんじゃないかなぁ」
知らなかった。まさか彼がそういう……
「幼馴染ちゃん!」
聖女様がいきなりガバッと私の肩を抱いた。
「この村に酒場とかあったら案内してよ。こんな男どもは放っておいて、お姉さんと一杯やろうよー」
魔法使いが顔を顰める。
「お前、酒ばっかりだなぁ。聖女様がそれでいいのか?」
「あら。お酒は百薬の長なのよ」
「……ああもう、好きにしろ」
私は村の唯一の酒場に聖女様を連れていった。
二人で食べて飲んで沢山話をした。
「遊びに来ちゃった」
そう言って、聖女様が笑う。
「おひとりで、ですか?」
「そう。転移魔法で。ね、飲みに行こ?」
どういうわけか、私はこの人にすっかり気に入られてしまったらしい。
「凱旋パレードとか夜会とか、もうやだ。面倒くさいよー」
そう愚痴をこぼす聖女様の頭をぽんぽん撫でて励ます。
「ちゃんと参加してて偉い偉い」
「ねぇ。一緒に王都に来てくれない?」
聖女様の言葉に首を振る。
「私はこの村が好きなので……」
「そっか」
聖女様に聞かれた。
「この村が変わるのは嫌?」
「それはどういう……」
「賑やかになったり、人が増えるのは嫌かな」
「いえ。豊かになるのは良いことですよね」
その時はなんでそんなことを言われたか、わからなかった。
三ヶ月ほど経って。
村の古びた神殿は、今、工事中だ。
ものすごく大きく立派になるらしい。
聖女様の居場所に相応しいものに。
またしても1,400字超
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【どこまでも続く青い空】
背の低い藪が点在するだけの荒野。そして、どこまでも続く青い空。隠れる場所なんてありゃしない。私は必死に走った。けど、振り切れるはずがなかった。
何せ、今私を追いかけているのは竜である。
どうしてこんなことになったかと言えば、ついさっき火竜の寝床に忍び込み、そこに落ちていた鱗を何枚か失敬してきたからだ。
仕方ないじゃない。お金が必要だったの。
馬鹿な家族の借金のせいで、このままだとどこかに売られるかもしれないのよ。
なんで私が?
借金した本人が身売りしなさいよ!
口から心臓が飛び出しそうなくらいに走って、でもやっぱり無理だった。巨大な竜の身体が影を作る。上空から赤い火竜が降りてきた。
もうだめだ。この竜に獲物を甚振る趣味がないといいけど。せめてひと思いにやって欲しい。
「ご、ごめ……ごめん、なさい!」
前言撤回。
覚悟を決めるなんてできなかった。
気付けば必死に謝罪していた。
怖くて、怖くて、許して欲しかった。
「う、鱗、返す。返すから……!」
両手で握り締めていた鱗を差し出せば、火竜が私の前で首を傾げた。
『要らないの?』
「……え?」
今、喋った、のか?
この火竜が?
『それ、ゴミだから全部持ってっていいよって、言おうとしたら急に走り出すし』
「…………え?」
それって。ゴミって……この鱗?
『焦ったよ。君、真っ直ぐ森の方に進もうとしてるんだもん。ジャイアントグリズリーの巣があるから、危ないよ?』
「…………え」
私が危険地帯に入り込もうとしてたから、止めに来た、のか?
この火竜が?
『僕、人間と話すのはすごく久しぶりなんだ。怖がられてるから、仕方ないけど。別に食べたりしないのに』
「……そう、なの……?」
この火竜は人間を食べないと言う。
鱗はくれるみたいだし。
追いかけて来たのは、私を止めるためで。
もしかして良い人……いや、人じゃないけど。
『あ、ちょっと待って。話づらいよねぇ』
火竜の身体が虹色に光り、輪郭がぐにゃりと歪んで、小さくなった。
光が消えたら、そこにいたのは若い男……
「ちょっと! 服を着なさいよ、服を!!」
なんで全裸なのよ。お前は野生動物か!?
野生動物だったわ!!
「そっか。人間は布を纏うんだっけ。今、魔力で何か作るから、ちょっと待って」
少し待ったら、なんかずるずると身体にシーツを巻き付けたみたいな姿になっていたけど、布と服の区別がついていないのか。そうなのか?
「どうして鱗が欲しいのか聞いてもいい?」
「えっと、それは……」
私は火竜に全て話した。
借金のこと、家族と上手くいっていないこと、身内が馬鹿すぎること、身代わりで売られそうになっていること、この鱗が高く売れること。
話し出すと止まらなかった。
誰かに愚痴を聞いて欲しかったのだ。
火竜は親身になって聞いてくれた。
泣き出した私を慰めてくれた。
「でも、君が借金を返してあげる必要はないんじゃない?」
「売られちゃうのよ!?」
「逃げればいいよ。僕が守ってあげる」
「…………え?」
「その代わり、友達になってよ。話し相手が欲しかったんだ」
「本当に守ってくれるの?」
「うん」
「でも……」
私は周囲を見回した。荒野である。
火竜が住処にしている岩山が見える。
うん……何もない。
「あのね。私は人間だし、ここでは暮らせないわよ?」
「そうなの? じゃあ、僕が町に行くよ」
え。こいつが?
もしかして、私が面倒を見るのか?
ああ、でも。売られるよりは……
……と、いうのが馴れ初めなのだと、この国を守る守護竜の妻でもある巫女は、恥ずかしそうに語った。
長くなってしまった。1,400字超です。
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【声が枯れるまで】
魔法を使うのに『声』なんて要らない。
『無詠唱、格好いいだろ』なんて粋がっていた過去の自分をぶん殴りたい。
「だから何度も言ってんだろう!! ちゃんと声掛けろって!!」
戦士ケインの怒鳴り声が酒場に響く。
俺が魔法の『発動句』を忘れたからだ。
『発動句』は『呪文』じゃないし『詠唱』とは違う。
この世界で『無詠唱』は別に格好いいものじゃない。
元々詠唱は必要ない。なのに声を出すのだ。
それに気が付くまで、転生者の俺は随分時間がかかってしまった。
例えば《ファイアボール》という発動句。
これは魔法の属性が火で、大体こぶし大のボール状で、相手に向かって飛ぶ魔法を放つ時のもの。
魔法使いがちゃんと「ファイアボール」と言えば、前衛で戦う戦士は『声の方向から火の玉が飛んでくるな』とわかるし、避けられる。
これが『発動句』無しだと、どんな魔法がいつどこから放たれるかわからないわけだ。
そんなの危険極まりない。それはわかる。
だけど。
咄嗟に声より先に魔法が出てしまう。
ソロで活動していたことの弊害だ。
俺は壊滅的に他人との共闘が下手だった。
「……ごめん。気を付けるから」
謝ったら、ケインは益々キレた。
「そんなちっせえ声で聞こえるかよ! 慣れてねぇなら練習しろ! もっとでかい声出せ!! 叫べよ、声が枯れるまでさぁ!!」
「ごめん」
「聞こえねぇって言ってんだろ!!」
「落ち着きなよ。悪気はないんだから」
パーティの紅一点、僧侶のレイラが俺を庇うせいで、ケインは更に機嫌が悪くなる。
「悪気がなけりゃいいのかよ!? いつか誰かが大怪我するぜ、こいつの魔法でな!!」
もう、これ以上は無理だ。限界だ。
怒鳴られるたびに『俺』が擦り減っていく。
「悪かった……パーティ、抜けさせてくれ」
「はあ!?」
「ごめん」
盛大に舌打ちして、ケインは席を立った。
「勝手にしろ」
「あ、あの。元気でね!」
レイラがケインのあとを追う。
もうひとりの仲間である武闘家が、ちゃんと代金を払ってくれたことにホッとした。
「君、大丈夫?」
俺に声を掛けてきたのは男の魔法使いだった。
「ソロが長かったの? 連携、難しいよね」
勝手に隣に座ったそいつは、俺に一杯奢ってくれた。
「良かったら、僕が練習に付き合おうか?」
「練習……?」
「そ。声を出す練習」
このままひとりになりたい気もした。
けど、独りになりたいわけじゃなかった。
「……お願いできますか?」
「うん。僕はルーファス。よろしくね」
「俺、クオンっていいます。よろしく」
最初は弱い魔物相手に戦闘を繰り返した。
とにかく声を出す練習をした。
余裕のある戦いから少しずつ、難易度を上げていった。
ルーファスと二人だと前衛がいない。
でも、それが問題にならないくらい、ルーファスは防御魔法が上手だった。
お互い魔力は多かった。
前衛がいない不安はなかった。
相性も良かったのだろう。
防御はルーファスが。攻撃は俺が。
戦士と組むより、ずっと戦いやすかった。
俺たちはお互いの魔力の動きで相手のしたいことがわかるようになっていった。
声なんか掛けなくても、自分の魔法で怪我をさせるなんてことはないと確信を持った。
魔物にだって耳はある。
『発動句』を使わなければ不意をつける。
俺たちは声掛けなんてしなくなった。
魔法使いの二人組。
前衛がいないパーティ。
なのに強い、と俺たちは評判になっていった。
魔法を使うのに『声』なんて要らない。
『発動句』だって要らなかったのだ。
誰かを巻き込むことはないとわかっていれば。
「クオンの発声練習が目的だったのになぁ」
どうしてこうなった、と相棒が笑った。