【カーテン】
私の部屋には開かずのカーテンがある。
大きな窓で、日差しがよく入るだろうと思っていた。でも、利点を上回る問題があった。
近すぎるのだ、隣の家に。
カーテンを開けると、すぐ目の前にはお隣さんの窓。
部屋の中が見えそう。と言うか、見える。
もし、カーテンを開けて目でも合ったら気まずくて仕方がないな……そう思った私は、その窓を封印すると決めた。
以来、一年近く、カーテンを開けていない。
最後に開けたのはエアコンの不調を見てもらった時だったか。
もったいないことだと思う。
せっかく大きな窓があるのに。
でも、角部屋でもうひとつ窓があるから、明るさには困っていない。
大きな窓がある部屋で暮らしてみて感じたのは壁が足りないということ。
壁が足りないとどうなるか?
家具が置きにくいのだ、とても。
次に引っ越すことがあれば、ここまで大きな窓は要らないなぁと思っている。
【涙の理由】
感受性が強すぎる子供だった。
自分のことを話そうとして泣き。
感情移入しすぎて泣き。
大声を聞いただけで泣く。
(怒鳴られたのは自分じゃないのに)
親も手に負えなかったのだろう。
涙の理由すら聞かれなくなった。
聞かれても説明できなかったけど。
すぐに泣く自分が大嫌いだった。
精神科医が私に言った。
「なんでそんなに自信がないのかな」
精神科医が親に言った。
「なんで自分の子供を守ろうとしないの?」
そうか、私は守られていなかったんだ。
また泣いた。
親から離れた。
家族と距離を置いた。
大切な人に出会えた。
前より、ずっと泣かなくなった。
でも、やっぱりまだ泣き虫。
仕方ない。そういう生き物なのだ私は。
【ココロオドル】
文房具が好きな私の最近特にハマっているものが万年筆。
そして、万年筆そのものと同じか、それ以上に楽しいのが万年筆用のインクたち。
もちろんつけペンでも良い。
ガラスペンも素晴らしい。
新しいインクを買って、手持ちの紙を並べて。
試し書きをするのは実にココロオドル時間。
小さな瓶が入った小さな箱を丁寧に開ける。
箱のデザインもラベルも瓶の形も多岐にわたり、可愛らしく美しくあるいはクールだ。
インクを含んだペン先をそっと紙に走らせる。
現れる色は必ずしも見本通りとは限らない。
液色からは想像もつかない色が出ることもある。
紙質によって大きく発色が異なることもある。
美しい濃淡。
ボールペンではなかなかこうはいかない。
僅かなインク溜まりに全く違う色が光ることもあるし、乾くと色が変わるインクなんてものもあったりする。
楽しい。美しい。素晴らしい。
もっと欲しい。あの色もこの色も。
ただ、使い切れないことと己の字の汚さが如何ともし難い。
【束の間の休息】
勇者の剣である聖剣は、自浄機能も自己修復機能もあって、砥石なんて要らない。
だけど仲間の武器はそうもいかないから、鍛冶屋に修理を頼んだりする。
魔物との戦闘の合間。比較的安全な町に寄って束の間の休息だ。
武器や鎧を預けている間に、ブーツの泥を落とし破れたマントを繕い、洗濯をし、消耗品や食料を補給する。
風呂に入ってベッドで眠り、店で食事をして、自分が殺戮兵器からヒトに戻ったような気分になった。
町を歩けば「勇者様ー!」と声援が聞こえてくる。血塗れの英雄の、綺麗な部分しか知らない人たちだ。
実際に俺が戦う姿を見たら、黄色い声なんて上げられないだろう。勇者パーティを支援するために国からついて来た騎士でさえ、顔を強張らせるんだから。
魔王を倒したら。
世界が平和になったら。
安全な場所で待っていた人たちは……
俺たちをちゃんと迎え入れてくれるのか?
用済みになった俺に居場所はあるのか?
…………だめだな。
休息は束の間で十分。
早く次の敵を屠りに行こう。
これ以上余計なことを考えてしまう前に。
【力を込めて】
倒れないように支えて、力を込めて。
真上からぐっと押し込む……
おっと。
支えきれず、思いきれず。
ガツンと音を立てて。
中途半端に押された薄緑色の硝子瓶がバランスを崩す。
倒れそうになったそれを、横から別の手が支えた。
その手の持ち主がくすくす笑う。
「ラムネすら開けられないとか。
…………ほんと可愛い」
だって、噴き出しそうで怖いじゃないか。