【束の間の休息】
勇者の剣である聖剣は、自浄機能も自己修復機能もあって、砥石なんて要らない。
だけど仲間の武器はそうもいかないから、鍛冶屋に修理を頼んだりする。
魔物との戦闘の合間。比較的安全な町に寄って束の間の休息だ。
武器や鎧を預けている間に、ブーツの泥を落とし破れたマントを繕い、洗濯をし、消耗品や食料を補給する。
風呂に入ってベッドで眠り、店で食事をして、自分が殺戮兵器からヒトに戻ったような気分になった。
町を歩けば「勇者様ー!」と声援が聞こえてくる。血塗れの英雄の、綺麗な部分しか知らない人たちだ。
実際に俺が戦う姿を見たら、黄色い声なんて上げられないだろう。勇者パーティを支援するために国からついて来た騎士でさえ、顔を強張らせるんだから。
魔王を倒したら。
世界が平和になったら。
安全な場所で待っていた人たちは……
俺たちをちゃんと迎え入れてくれるのか?
用済みになった俺に居場所はあるのか?
…………だめだな。
休息は束の間で十分。
早く次の敵を屠りに行こう。
これ以上余計なことを考えてしまう前に。
【力を込めて】
倒れないように支えて、力を込めて。
真上からぐっと押し込む……
おっと。
支えきれず、思いきれず。
ガツンと音を立てて。
中途半端に押された薄緑色の硝子瓶がバランスを崩す。
倒れそうになったそれを、横から別の手が支えた。
その手の持ち主がくすくす笑う。
「ラムネすら開けられないとか。
…………ほんと可愛い」
だって、噴き出しそうで怖いじゃないか。
【過ぎた日を思う】
いつか過ぎた日を思うのなら。未来にとって過去である今を思い返すことがあるなら。
『あの頃は幸せだった』と思いたいものだ。
特にドラマチックなことも起きない日々を『平和で穏やかで悪くなかった』なんて、感じられたらいいと思う。
そのためには……
まずは、自身の健康かなぁ。
【星座】
星座なんて、私にはオリオン座くらいしかわからない。
そもそも近眼が酷くて、たとえ眼鏡をしていても、はっきり見えるのは明るい星だけ。
だけど星が好きだと君が言うから。
一緒に夜空を眺める。
見えないなりに目を凝らす。
「ほらあれが」と指差す君の声を聞く。
この街は空が狭くて、地上が明るすぎて、星が見えにくい。
だからと言うわけでもないけれど。
楽しそうに語る君のキラキラした顔。
それが星空よりも美しく見える。
【踊りませんか?】
建国記念の夜会。
幼馴染で学友の侯爵令息が僕の前で一礼して言った。
「パーシヴァル殿下。よろしければ私と踊りませんか?」
僕は引き攣りそうな顔を必死に取り繕った。
何を考えているんだ、この馬鹿は。
そこは『踊っていただけますか?』だろう。
いや、そういう問題でもないが。
僕は兄上の練習相手をしているから、女性のステップも確かに踊れる。
けど、男同士だ。
こんな公の場で同性を誘うとは。
僕は第五王子で。
後ろ盾が弱く。
陰口ばかり言われていて。
つい最近、婚約者に逃げられた。
そしてこいつは宰相の三男で。
女性には良い思い出がなく。
次々に舞い込む縁談から逃げ回っている。
「いいじゃないか、パーシー。俺たち、利害は一致しているだろう? 君は逃げた婚約者のことを有耶無耶にしたい。俺は政略結婚なんかしたくない」
小声でそう囁かれた。
「アドレー。お前……別に僕のことが好きなわけでもない癖に」
「偽装結婚できそうなくらいには好きだよ」
そう、偽装だ。あくまでも。
法律で同性婚が認められたばかりの、このタイミングで。宰相の息子が第五王子に偽りの愛を囁く。
さぞかし噂になることだろう。
僕の婚約者を攫って逃げたのは、僕の専属の護衛騎士だった。
二人が思い合っていることを知っていた僕は、大事な友人たちのために駆け落ちの手引きをしたのだ。
彼らから人の目を逸らすことができるなら確かにそれはありがたい。
「ほら、王子様。お手をどうぞ?」
差し出された手はおそらく、僕を地獄へ引き摺り込むだろう。それを承知で寄り添った。
これは偽装だ。あくまでも。
…………こいつにとっては。