【つまらないことでも】
「どんなにつまらないことでも、変化があったら全部知らせて」
師匠はそう言って、僕に鉢植えを寄越した。
「その植物は貴重なものなの。これからはあなたが育てなさい」
渡された鉢植えは元気がなかった。枯らしてしまったらどうしようって、心配になるくらいに。
師匠は魔女で、僕は魔女の弟子。村の人たちは、家族がいない僕を魔女のご機嫌取りのために差し出した。
だけど、師匠は優しい。美味しい物を食べさせてくれて、新しい服も暖かい毛布もくれた。
鉢植えはどんどん元気になって、すくすくと育っていった。僕は葉っぱが増えたとか、少し伸びたとか、細かく師匠に報告した。
「師匠。花が咲きましたよ」
「本当に?」
師匠はとても驚いて、花びらの色は何色かと聞いてきた。
「桃色の花です。とても大きくて、綺麗な」
師匠は何故か赤い顔をしていた。
後で知ったのだけれど。
その植物には僕の状態が反映される魔法がかけられていたらしい。鉢植えが枯れそうだったのは僕が弱っていたからで、鉢植えが元気になったのは僕が元気になったから。
そして、桃色の花は……
──X年後──
「師匠。そろそろ僕と結婚しましょう?」
僕は愛しい魔女に微笑みかける。鉢植えは大きく育った。今も沢山の桃色の花が咲いている。
「僕のこと『つまらないことでも知りたい』なんて言ってくれたじゃないですか」
あの鉢植えについて知ることは僕について知ることだ。僕の状態が表れるんだから。
「あれは、あなたが健康か把握するためで」
師匠は僕から顔を逸らすけど、耳が赤いのは誤魔化せていない。
「僕の気持ちは知ってるでしょう?」
桃色の花が表すのは恋心。咲き乱れる大輪の花は僕の師匠への気持ちに他ならない。
師匠はため息をついて呟いた。
「育て方、間違ったかしら……」
そんなこと言っても逃しませんからね。
【副題:#魔女集会で会いましょう】
【目が覚めるまでに】
魔法がある世界に君と二人。《召喚》されてそれなりに頑張ってきたけど。目を覚まさなくなってしまった君。
《呪い》だってさ。困っちゃったね。
眠り続けるお姫様は王子様のキスで目覚めるものでしょう?
だけど目覚めてくれないのが王子様の方だったら、一体どうすればいいんだろうね?
偉い魔法使い様が手を尽くしてくれて、だけど結局、君は起きなくて。
「このままでは衰弱してしまいます」って。
酷い話じゃない?
だから(本当にキスでもしてみる?)って。
半分冗談、半分ヤケで。
まさかそれで君が身動ぎするなんて。
神様、お願い。
この王子様の目が覚めるまでに。
目が合う前に。
真っ赤になってしまった顔を元に戻して。
【病室】
白く無機質な部屋でベッドに横たわる君は、なんだかいつもより小さく見えた。このまま消えてしまいそうで、私は怖くて仕方がなかった。
「大袈裟。ただの過労だって」
君はそう言って力なく笑った。
「だから無理するなって言ったじゃん」
そうだね、あはは、じゃないよ。すごく心配したのに。
「君にはブレーキが無いの? 止まらなきゃいけない所で更にアクセルを踏み込むから倒れたりするんだよ」
「反省してるってば」
「その反省は信用できない」
どうせ、喉元を過ぎたらすぐにまた無理をするだろう。
「つい、期待に応えようとしちゃうんだよ。人に頼むより自分でやった方が早いし……」
手を抜けない完璧主義に、それを支えてしまえる能力の高さ。ただ体力の無さだけが君の欠けた所。
きっと、そんな風に思っているだろう。周りも、君自身も。でも私に言わせれば、自己管理ができていないだけ。
「君に必要なのは『重石』だよ。もし身体が丈夫になっても、絶対、それを上回る無茶をするでしょう? ペットでも飼ったら? 世話をしなきゃいけないと思えば倒れるわけにはいかなくなるし」
「どうせなら、ペットじゃなくて、あなたの世話をしたいな」
一瞬、何を言われたかわからなかった。
「隣で見張っていて。無理をしそうなら止めて。ずっと一緒に居てくれたらいいじゃない?」
君は私を見ていたずらっぽく笑った。
それが君なりのプロポーズなのだと気が付いて、しっかり空調が効いた病室が、一気に暑くなった気がした。
【明日、もし晴れたら】
天気予報はちゃんと見ていた。
降水確率はそれほど高くなくて、本当に降るかどうか微妙なところ。少し迷って、傘は持たなかった。
結果、賭けは惨敗。午後の授業の途中から降り始めた雨は下校時には土砂降りだった。
「あれ、篠崎。もしかして傘持ってないの」
校舎から出られなくて途方に暮れていたら、後ろから来たクラスメイトの須藤に声をかけられた。
「うん……ここまで降るとは思わなくて」
「これ使って」
須藤が鞄から折り畳み傘を出して、押し付けてきた。
「でも、これ借りちゃったら」
「置き傘あるから大丈夫!」
そう言って、須藤はニコッと笑った。
借りた傘はありがたく使わせてもらって、ちゃんと一晩乾かした。翌日の朝、須藤に返そうと、丁寧に畳んで鞄に入れた。
「まさか、今日も雨とか……」
須藤の傘を返すことしか頭になくて、自分の傘を持ち忘れていた。
「いいよ。もう一日くらい。それ使ってよ」
須藤の笑顔は今日も眩しい。
その次の日も雨だった。須藤に謝り倒して、返すはずの傘をまた借りた。自分の傘をわざと忘れたわけじゃなかった。でも。
これを返してしまったら、君と話す理由がなくなっちゃう。
明日、もし晴れたら。
流石に傘を返さないわけにもいかない。
だから、本当にもし晴れたら。
ちゃんと「友達になろう」って言おう。
君は優しいから、きっと「もう友達でしょ」って言って、また笑顔を見せてくれるだろう。