恋愛経験というものがない。小さいときからずっといじられ役だったし、そういうキャラじゃなかったし。だから今までそんなことを意識したことは無かった。
この学校に入学してからも今までと変わらない役どころで過ごしていた。軽口叩かれて、叩き返して。いつしか、そういう環境に慣れすぎて、シンプルな人の優しさっていうものに滅法弱くなっていた。馬鹿にされることがデフォルトなもので、ちょっと優しくされるだけで簡単に靡いてしまう。これはきっと恋じゃないけど、でも、心臓に悪い。
優しくされると好きになってしまうだなんて、なんて簡単な人間なのだろうか。良くない。相手にその気はないんだし。わかってはいてもときめいてしまうのもまた仕方がないのだ。あぁ、だから、どうか優しくしないで。
鞄を持って家をでる。今日もきっと、あの子はいつもの場所にいるだろう。僕は少し早足になって進む。途中でコンビニによっておにぎりと飲み物を買った。一応、あの子の分も。
家からいつもの場所こと公園はそんなに遠くない。15分もせずに着く。公園に入るとベンチに腰掛けてるあの子が見えた。
「遅くなってごめんね。今日も隣、いい?」
「……うん、いいよ。まってないけど。」
少しそっけない態度で、それでも嬉しそうにそわそわしてるところを見るに嫌われているわけではないだろう。かわいい。
「今日はおにぎりをもってきたんだ。よかったら君も食べる?」
僕がそう言うと、彼女はパッと目に光を宿したあと、伏し目がちに項垂れて言った。
「貴方の物でしょ。」
「これはね。でも僕、君の分も買ってきたんだ。一緒に食べようよ。」
鞄からおにぎりと飲み物をとりだして彼女に渡すと、小さくありがとうと聞こえた。どういたしまして、と言いながら彼女の様子を眺めているとおにぎりをじっと見つめたあと、袋を開け小さくかぶりつく。これは、かわいい。
「……何見てるの?貴方も早く食べなさいよ。」
僕が見ているのに気づいた彼女が不満げにこちらを睨んでくる。そんな仕草さえも可愛くて思わず笑みがこぼれれば、彼女は呆れたようにそっぽを向いた。
おにぎりを食べながらいつものように会話をする。主に、僕が最近あったことを話してるだけだけども。
「今日はね、テストがあったんだ。抜き打ちテストだったから全然勉強してなくてさ。全く解けなかったよ。」
「だから普段から勉強しようって言ったのに。」
「そうだね。君の言う通りだ。君だったら良い点とったんだろうなぁ。」
「……そうね。少なくとも貴方の倍はとれたでしょうね。」
彼女は最近学校に来ない。多分、いじめが原因なんだと思う。彼女が来なくなってから彼女の机には花が飾られているから。……彼女はここにいるのに。
前みたいに一緒に登校したい。けど、このはなしをすると彼女はいつも寂しそうに笑うから僕はしつこく誘えないでいる。
「今日は僕と一緒に帰らない?」
「私は……まだ、ここにいなきゃいけないから。ごめん。」
帰るときまで一緒にいたいという願いも叶えてくれない。仕方がないから僕は2人分のゴミを鞄にしまって帰り支度を済ませる。
「いつも、来てくれてありがと。でも、でもね、もう来なくてもいいよ。……現実を見てほしいの。」
「僕が会いたくて来てるんだから、お礼なんて言わないで?また、明日。」
彼女の最後の言葉は聞かなかったことにして、手を振って公園を出た。彼女は優しいからきっと悲しい表情をしているだろう。でも僕は、僕はまだ彼女と一緒にいたいんだ。
きっと明日もまた、ここに来るだろう。
雨がしとしとと降り注ぐ。今日は控えめだな、なんて思いながら空を見上げれば、雨水が目に入った。
生まれてこの方、私の周りには雨が降り続けている。太陽に照らされることなど滅多にないわけで。ただまぁ、地域によっては重宝される能力でもあるため、生活には困っていない。一箇所に留まらなければ、であるけれど。
さて、そんな私だが今日は人生の転機となるかもしれない用事が入っている。人に合う約束があるのだ。それも、晴れ男と。どちらの能力が強いのかという話にもなるからなんとなく負けたくない気もするがお天道様の下を歩いてみたい気もする。
と、そのとき。雨の勢いが弱まってきた。もしかして、と思い周りをきょろきょろしてみれば、案の定、こちらに向かってきている男性が一人。
「あの、もしかして……」
私が声をかけたことで男性がにっこらと笑って遮るように口を開いた。
「僕が晴れ男です。貴女が雨女、ですよね。とても綺麗な方だ。」
さらりと言われた口説き文句に顔が赤くなるのを感じる。この体質だ。人に言い寄られる事などなく、耐性がない。
「あ、ありがとうございます。貴方もその……かっこいいですね。」
私も、と思い相手を褒めてみればありがとうございますだなんて余裕そうな笑みを浮かべた。シンプルにイケメンだ。羨ましい。
そこでふと、二人して空を見上げた雲が空を覆っている。晴れてはいないが雨が降っているわけでもない。思わず、顔を見合わせて笑ってしまった。この人となら、うまくやっていけるかもしれない。そう、思ってしまった。
それから私たちは何度も逢瀬を重ね、そして実験を繰り返した。どうやら2人そろうと本来の天気になるらしい。なんとも平和なことだ。それが嬉しくもある。あれから数年後、今、私のお腹には2つの命が宿っている。この子達がどんな人になるか、どんな体質かまだわからない。けれど、私たちならどんな困難も乗り越えていけるような気がしていた。