最初から決まってた
魔王軍に入ってから長い歳月が流れた。
もうすぐこちらに勇者たちが来るという知らせが入った。この伝令も初めは人間である俺に不信感と蔑みを抱いていたようだが、今はそれが無い。この魔王城ではきっと、もう誰も。
神託を受けて俺たちは故郷を出て、下級の魔物を倒しつつ日銭を稼ぎ旅をしていた。
力自慢だが不器用な性格の少年と、心優しいが芯のある少女。そこに器用貧乏な年長の俺がいた。
戦闘はヒヤリとする場面もあったけれど、平穏な日々だったのだ。
上級の魔物が襲いかかってくるまでは。
圧倒的だなんて言葉では足りない力の差がそこにあった。魔王を倒す勇者だと神託を受けた少年でさえ、全く歯が立たなかった。
俺は、命乞いをした。みっともなく魔物に縋りつき、どうか俺だけでも助けてほしいと喚いた。
魔物は面白がって、少年の首から剣を引いた。
そのまま魔物は俺だけを連れて奴の根城に向かった。
魔物にとって人間はいくらでも換えのきく物だ。それを覆すため、認められるなら何だってやった。飼われている他の人間の処分をしたり、片腕を魔物の餌にしたり、身体に魔物を住まわせたり
幼馴染の少女すら、手にかけた。
面白がった上級の魔物は、魔王に俺を献上した。
魔王は軍議に俺を連れて行っては、どのようにしたら人間をたくさん殺せるのか、どうしたら人間を殺さずいたぶれるのか、戦意を失わせるには何がいいのか、色々な質問を投げかけてきた。
それに答えるたびに、軍議の結果を高らかに俺に話すたびに、来るべき日を待ち侘びて耐えた。
ーー魔王の弱点を掴むために
そして今日が、ようやくやって来た。憎悪と復讐に染まった少年がーーいやもう青年かーーやって来るのを
命乞いをしたあの時から決まってたのだ。
幼馴染に討伐されるこの運命は
(あるいは村を旅立ったあの時から)
太陽
地球より途方もなく大きな恒星、太陽。
この星があったから生物は生まれたとされているが、近くの金星や火星には(今のところ)生物はいないとされている。
大事なのは距離感なのだろう。
人も同じだ。
眩しいと憧れる人の近くにいるのは至難の業だ。ほどほどの距離がいい。
それでも近くにいたいのなら、焼き尽くされるのを覚悟しなければならないだろう。
鐘の音
「除夜の鐘といえばさ」
縁側で棒アイスを齧りながら呟く。日陰になり風が通るここは涼むにはちょうどいい。
「随分と季節外れだな」
「涼しくない?」
「お化けの方がいいな」
あちらも棒アイスを舐めつつ言う。それでも話を続ける。
「子供の頃、近所のお寺に毎年行ってたんだけど、その年の大人たちは腰が重くてさ」
鐘の音が聞こえる中、そわそわしつつ何度も早く行こうと言ったのに、なかなか出かけようとしなかった。
「やっと辿り着いたと思ったら最後の鐘鳴っちゃって」
「108つ目が終わっちゃったのか」
「そうなのよーそれで」
不貞腐れる子どもにマズいと思ったのか、いつもは行かない年始の初詣に連れて行ってもらったのだった。
「初詣はなんか買ってもらったのか?」
「そこまでは覚えてないわー」
「親不孝者めー」
「そこまで言う?あ、溶ける」
棒アイスを食べ尽くす。あちらも食べ切って一言。
「もっと涼しい話が欲しい」
「鐘に貼り付けば涼しいのでは?」
「鉄臭くなりそう」
しょうもない話をしながら過ごす。
除夜の鐘などまだまだ遠い夏の日だった。
つまらないことでも
また就活で落ちた。
何がいけないんだろう。履歴書を送っても送ってもお祈りメールしか来ない。落ちてばかり。
友人たちは面接が大変とか言ってるけど、私は面接にすらいけない。
履歴書って今までの生きてきた経歴でしょ。そんなのどうやって直せばいいの?
つまらないことでも積み重ねれば何かしらの成果があるって聞くけど、何も無い。
もういいや。疲れた。
そう思って屋上まで駆けて行き、勢いで身を投げ出した。
バサバサッ
何かに体を受け止められる。痛くない。死んでない。
何かは履歴書だった。今まで書いた沢山の履歴書。
こんなのいらない。誰も助けてなんて言ってない。もう人生終わったのに、終わらせてすらくれない。
こんなつまらない、終わった人生を積み重ねても何も無いのに。
あの時はそう思った。
つまらないことでも積み重ねれば何かが変わるのだと、今ならわかる。
時を重ねること、年齢を重ねることの重みが最近ようやく分かってきた気がする。
視野の広さや経験則、そして失敗しても次がある実感。
これらが私を支えてくれる。つまらないことを積み重ねて意味を込めていく。
つまらないことでも大事なことなんだと。
目が覚めるまでに
夢の中で今日も最適化が行われる。
必要な情報、要らない情報、バラバラのそれらをパズルでも組み合わせるように整えていく。
すぐに最適化が止まる。
阻むものは大きな情報じゃない。たった一言「好きです」と言って走り去られた昨日の出来事。
どうする?と疑問符が浮かぶ。応えるのか、断るのか。
昨夜はそれで頭がいっぱいで、どうやって帰ったのかさえ覚えていない。無理矢理布団に潜り込んでなんとか寝入ることができたのが先程である。
小さな情報は言い逃げした相手との思い出を纏い、雪だるまのように膨れ上がった。
どうしたらいいのだろう?
膨大なそれは最適化できぬまま。
目が覚めるまでに答えは出るのだろうか。