(※二次創作)(現実逃避)
パルデア四天王チリはとろけていた。
ナッペ山ジム2階の居住スペースには大きな窓があり、雪山の景色を一望できる。リビングのテーブルにつっぷしながら、チリは力のない声を出していた。
「あー……」
「あんた、支度しなくていいの」
家主ならぬジムリーダー兼恋人のグルーシャがやってくる。ちょうど試合が終わったところらしい。久々の挑戦者だが、初めてのジムをここに選んだため、低レベル帯のポケモンを久々に戦わせる羽目になった。やや慌てた様子のグルーシャを思い出し、チリは一言。
「準備が足らへんのやないのー」
「勝ったからいいだろ」
グルーシャは憮然としている。
チリは再び、突っ伏して長い脚をぶらぶら揺らした。ああ、このまま時間が止まってしまえばいいのにと思う。グルーシャとの甘い時間を楽しみたいのもあるが、理由は他にもう一つ――。
「ねえ、チリさん。あんたブルーベリー学園に呼ばれてるんでしょ。特別教師だっけ?」
「せやかて、ウチが先公なんてタマやないし」
先ほどからうだうだしているのはそのせいだった。新進気鋭の新チャンピオン・アオイが交換留学で行った先の、学内リーグでもチャンピオンになった。チャンピオンの権限として、パルディ地方の名だたるトレーナーを招聘できるようになったのだが、真っ先に白羽の矢が立ったのがチリだった。
「なしてウチなーん……」
「ねえ、もしかして、荷造りしないといけないのに、現実逃避しにここにきてる?」
グルーシャは冷ややかだ。チリは、小言に近いそれを、右から左に聞き流す。図星だった。だが、まだ大丈夫なのだ。出立は明後日の朝。明日はオフだし、丸一日はこのままここに泊まってだらだらしても――。
「しょうがないな」
グルーシャは、どこか萎れた様子のチリの髪をちょいちょい、と引っ張った。
「その特別講師?ぼくも呼ばれてるって言ったら、やる気出る?」
「出る出る超出るぎょうさん出ちゃう!」
チリは跳ね起きた。
(※二次創作)(君は今)
大海原を滑るように進むレムリアの船の上、ロビンは静かに辺りを睥睨する。ヴィーナス灯台に火が入り、大規模な地殻変動が起きてから数日。バビより託された船で、荒れた海の中、探し求める人物はたった一人だけ。
(――ジャスミン)
灯台から落ちたシバ、彼女を追って身を投げたガルシアと異なり、あの時ジャスミンは灯台から離れた場所にいた。絶対に、絶対に生きているはずなのだ。ロビンは再び海原に目をやる。船の底に沿うようにイルカたちが泳いでいる。あるいは海藻が気持ちよさそうにゆらゆらと揺れている。
「!!」
人影を見つけ、ロビンは思わず身を乗り出した。
そんなロビンの腕を、イワンがそっと掴んだ。
「風が出てきました。中に入らないと、風邪を引いてしまうかも」
「でも、ジャスミンが……」
もう一度、人影を探す。果たしてそれは、水面に映ったロビン自身だった。そう、わかっているのだ。ジャスミンはこんなところにはいないはず。無事なら無事で、広い世界のどこかにいる。
「ごめん、イワン」
短く礼を言って、ロビンは船室に引き上げた。
今、ジャスミンはどこにいるのだろう。
操舵室と貨物室の他に、小さな部屋が幾つかある。ロビンたちはそれぞれ1部屋ずつ割り当てて使っているのだが、今日は部屋に戻りたくない。ロビンは操舵室の壁に寄りかかった。
「まずはマドラの街へ行きます」
イワンが、テーブルに地図を広げた。インドラ大陸の南側にある街で、それなりに規模があるため、ジャスミンが立ち寄った可能性もある。そもそも、皆、この大陸に近付くことすら初めてだった。船に乗せる食料品も補充したいし、レムリアの地ヘの行き方も調べねば。
(ジャスミンのことばかり探せるわけじゃない)
ロビンは自らの頬をぴしゃりと叩く。一行の船旅はまだ始まったばかりなのだ。
(※二次創作)(物憂げな空)
どんよりとした灰色の雲が空を覆う。今にも雨が降りそうで、ここから快晴にはならないだろう。風はどこか生ぬるく、見上げても気分を晴らすことはない――牧場主ユカを除いては。
「あしたは雨かな♪きっと雨だな♪」
足取りも軽やかに、ウキウキと。
「何しよっかな♪どこ行こっかな♪」
ついつい妙ちきりんな替え歌も出てくるというもの。
何せ雨の日は水遣りがいらない。たとえば少し前にブレアに教わった、刺繍糸で作る組み紐を作るのはどうだろう。色の組み合わせは千差万別、仕上がりの印象も変幻自在だ。
ドウセツに教わった味噌汁をいくつか作るのも楽しそうだ。家の前の砂浜でよく拾える赤貝で貝汁を作ってプレゼントしていたら、他にも具になる食材を教えてもらったのだ。
「ジャックんとこ行って、映画借りてみようかな」
「やあ、楽しそうだね」
「そうなの、だって明日はあ……ジャック!?」
ユカは文字通りその場に飛び上がった。今まさにジャックのことを考えていたら、まさか本人が来るなんて。数日前、雑貨屋が休みの日に彼の部屋で、映画を見た時は、疲れが溜まって寝落ちしてしまった。そのリベンジといこうではないか。
一方、ジャックはどこか元気がなさそうだ。
「どうしたの?何があったの?」
「明日雨みたいだからさ。雨が降ると、お客さんは減るし、シンディは髪が爆発して不機嫌になるし、ちょっとね」
「ふうん」
ユカにとっては雨の日は不意に貰った休暇なのだが、なるほど、人によって事情はいくらでも変わるものだ。と、ユカはいいことを閃いた。
「じゃあさ、私、明日お店に行くね。新しいプリンがつくれるようになったから、みんなにお土産も持って行けるし」
それに、とユカは笑う。
「ジャックだって、少しは退屈が紛れるでしょ?ちょうど、作物の種を買い足したかったし」
いよいよ空は暗くなり、ユカは対照的に軽やかに飛び跳ねる。