「あなた本当に人魚なの?」
『本当だよ、何度言えば気が済むんだ』
「いいわ、埒が明かないからそういう事にしておいてあげる」
『それはどうも』
「……パールは人魚の涙って本当?」
『なんだそれは……ああ、確かに愛する人を想って流す悲恋の涙は、パールと似ているかもしれない』
「人魚を食べたら不老不死になれるって言うのは?本当なの?」
『!?』
「そんなに驚かないでよ、取って食ったりしないわ。こんな世の中で永遠に生き続けるなんてまっぴら御免よ。で、本当のところどうなの?」
『何度か仲間が人間に襲われたが、まさか食べる為だったとは…不老不死については本当に知らないな。襲われこそしたが、そもそも人魚族が人間に捕まった話を聞いた事がない』
「あら、そうなの。ところであなた、今普通にあぐらをかいているけれど、人魚ってそんなに簡単に人間の姿になれるものなの?」
『なれるさ』
「じゃあ人魚姫は人間になるために、綺麗な声を失う必要なんて無かったという事?お伽噺だと分かっていてもなんだか興醒めだわ」
『君、彼女のこと知っているの?』
「え?」
『今、人魚姫と言っただろう』
「ああ、人間の世界でも有名なお伽噺よ」
『違う』
「なにが?」
『彼女は私の友人だ』
「私の事からかってる?」
『からかってなどいない!15歳の誕生日に人間の王子に一目惚れした人魚の事だろう?彼女は確かに存在していた』
「……まあ、これも埒が明かないわね。そういう事にしておいてあげるわ」
『これまたどうも』
「でも人魚姫って200年近く前のお話よ。あなたいくつなの?」
『さあな。100までは数えていたんだが…。彼女、、人魚姫とは同じ年の生まれだということしか言えないな』
「わあ、人魚が長生きと言うのは本当なのね」
『そうだ、これを見せてやろう』
「なにこれ?パール?にしては少し青みがかっているような、透き通っているような…」
『彼女が最期、、泡になる直前に流した涙だ』
「!」
『本当に馬鹿なヤツだよ…さっき言った通り、人魚族は人間の姿になれるんだ。水に触れれば元の姿に戻ってしまうが、上手くやれば王子の一生を共に過ごせたのに』
「なぜそうしなかったの?」
『王子は人間だから、きっと彼女より先に死ぬだろう?その悲しみを何百年も背負って生きていくのが辛かったそうだ。それならば人間になると』
「……」
『……』
「あなた、彼女を愛していたのね」
『何を言う!そんなことはない…』
「嘘も大概にして頂戴。あなた、さっきからずうっと涙が出てるじゃない。それもパールみたいな」
『………。』
「そうよ!!あなた知らないわよね。良い事…か分からないけれど、私からも教えられることがあるわ」
『なんだい?』
「人間の世界に伝わる人魚姫のお話には続きがあってね。彼女、泡になってすぐに、風の精霊になるのよ」
『え…』
「風の精霊になってから300年もすれば、魂となって神様の所に行くんですって」
『彼女は生きているのか…』
「お話の通りならね」
『………』
「それは何?嬉し涙?」
『ああ...…良かった……本当に……』
「風が気持ちいいわね。彼女、今ここにいるのかしら」
『きっといるさ。夜風にしてはやけに穏やかだもの』
#夜の海
自転車に乗って
いずれ書きたい
心臓から全神経を通って指先に伝わる痺れ
貴方の音楽に恋をした
「一日惚れ」をこんなにも鮮やかに歌う貴方は、どんな恋をしてきたのかしら
閉じた瞳の奥には誰が映っているのかしら
これが一目惚れなのね
嫉妬、羨望、絶望
全部、貴方の音楽に教わったの
#君の奏でる音楽
仕事が終わり、夕飯の食材を調達しに寄った総合スーパー。通りかかった夏物のコーナーでふと、フリンジの付いたつばの広い麦わら帽子が目に止まった。目が吸い寄せられた、の方が正しいかもしれない。別にどちらでも良いのだけれど。
「名前…なんて言ったかな…」
陽炎に溶け出してしまいそうな程の真っ白い肌に、淡い水色のワンピースが良く似合っていたのを憶えている。
防波堤に寝転んで、麦わら帽子を陽の光にかざしながら
「なんだか木漏れ日みたい」
小学生の私には「木漏れ日」という単語が酷く大人びて聞こえて、同い年なのにそんな言葉を使う彼女が、いつか私を置いていく気がして。バカにしないでよ、なんて。
そんなあまりにも理不尽な苛立ちを覺えたものだから、その細い手から無言で麦わら帽子を取り上げると、彼女は寝転んだまま不思議そうに此方を見つめた。
ますます自分が子供っぽく思えてきて、恥ずかしくて、またもや無言で彼女の顔に帽子を乗せ、走って逃げた。
「まって」
そう言って彼女が私を追いかけるのが嬉しくて、笑みがこぼれる。私を追いかける途中でサンダルを落とした、真夏のシンデレラ。
「まって」
声がした方に目をやると、一人の女の子。
「これ可愛い!」
麦わら帽子を指さして、母親にねだっている。
今日の夕飯は何にしよう。
#麦わら帽子
真夜中に起きてしまって眠れない時、散歩をする。
流石に真っ暗で危ないから、こういう時は決まった道を歩く。
片道30分くらいのところにあるコンビニでカフェオレを買って折り返すのがお決まりのパターン。
内照式のファザード看板は左側が点滅していて
田舎という訳でもないのに、それにしては駐車場が広くて
そして、やけに漫画の品揃えが良い
何の変哲もないコンビニ。
車を止めておくことも、漫画を買うこともないのだから、別のコンビニでもいいはずなのに。あと2、3分歩けば辿り着く所だっていくつかあるのに。
看板の点滅が消えていないかどうか確認するのはちょっとした癖になっちゃったんだけど、、ともかく、そこでなくたっていい筈なのに。
そろそろだ。
見えてきた、右手をチカチカさせて私を歓迎してくれている。今夜も元気そうでなによりだ。夜風が秋めいてきたから今日は暖かいカフェオレにしようかな?ちょっと気が早いかな?
私だけの終点はすぐそこ。
#終点