心の旅路(914.6)
人生、経験しないと理解できない感情は沢山あって。
よく「他人の気持ちを想像しろ」と言われるけれど、想像にも限界はあると思う。
実際自分がそうなってみて初めて、雷に打たれたように「そういう事だったのか!」という理解が降ってくる事もある。
私にとっての最新のソレは推し活。
自分がハマる前は、お金の無駄と思っていました。
応援するという気持ちが理解できなかった。
閑話休題。
仕事に就く事で理解できる事もあれば、
親になる事で理解できる事もあるだろうし、
成功や挫折の経験から得る事もあるだろう。
でもだからといって、同じ経験をした人間が全く同じモノを受け取るかといえば、そうでもない。
皆、経験値や背景が違うのだから、同じシチュエーションでも思う事は千差万別。
心の旅路は、皆がそれぞれ別々に歩むもの。
時々重なったり、共感できたりしながら、経験を積んでいくもの。
美しくて綺麗なものばかりでない事は間違いないし、辛い事や苦しい事はできれば経験したくないけれど、せめて自分の意思でどうにかなる部分に関しては健全な方向に持っていけるよう努力していきたいと思う。
凍てつく鏡(オリジナル)(異世界ファンタジー)
我が街には人工の観光名所がある。
魔道具を使ったテーマパークだ。
職人が腕によりをかけて作成した魔道具をお披露目する場でもあるし、展示即売会の意味もある。
特に人気なのがミラーハウス、鏡の迷路だった。
ところどころの鏡に凍てつく魔法が施されており、迷路は細く複雑で、途中に仕掛けもあり、ゴールできる者は少なかった。
無事にゴールまで辿り着いた者には、迷路の中で得た魔道具と、豪華賞品が与えられた。
これまでのゴール最短記録は半日だったが、本日、2時間という、とてつもない記録を出した人間が現れた。
ヒト族の冒険者で、名をラッツという。
皆、あまりに驚いて不正を疑ったが、どこも壊されておらず、途中の景品である魔道具も手にしており、不正の証拠は見つからなかった。
豪華景品を渡す係であった私が、
「いったいどうやって」
と呟くと、彼は頭をポリポリ掻いて、
「うーん、やっぱ不正ってことになっちゃうかな?」
と、苦笑いした。
「?」
「君、迷路の一番最初の罠の場所わかる?」
「それくらいならわかりますけど…」
「じゃあ、そこまで一緒に来てくれる?」
そう言われて、何が見られるのか、期待しながらついていった。
二人で迷路に入る。
ラッツは先に立ち、両手を壁に当てて前に進んだ。
最初に魔法が発動する鏡の前まで来たが、彼は何の躊躇もなく、スタスタと通り過ぎて行った。
「え?!」
魔法が発動しなかった。
もしや壊れているのかと、恐る恐る手を差し出すと、ビュッと強い勢いで、凍てつく風が吹き出した。
「ひゃっ!」
「うわっ!そこ、仕掛けあったんだ。あっぶね」
驚いて手を引っ込めた私であるが、前を行っていたラッツも風をくらいそうになって驚いていた。
「え?どういうこと?」
「あー俺、魔法使えない呪いにかかってて、魔道具使えなくて。効果としてはたぶん、触ってる間だけ、発動を阻害するみたいなんだよね」
だから、両手でずっと壁を触ることで凍てつく鏡の魔法発動を抑えながら、右手側をずっと行くことで迷路を脱し、後は普通の仕掛けを経験値から看破するだけだったのだと種明かしするのだった。
普通の仕掛けが一番面倒だったとぼやいている。
その証拠に無傷とはいかなかったのだろう、いくつか擦り傷は負っていた。
魔法が発動しないよう壁に手を当てたまま、今度はこちら側に戻ってくる。
とてもズルい。
しかし、そんなことよりも、私は魔道具職人の端くれとして、とても興奮した。
彼に背中を押され、入り口に戻りながら、
「君、なんてすごい魔法にかけられているんだ!」
「いや、呪いね。まぁ、確かに魔法だろうけど」
「それを再現する魔道具をつくりたい!ぜひ色々人体実験させてくれないか!」
そう言って彼の手を握った。
彼は私の突然の豹変にギョッとしたようで、目が泳いでいる。
「いや、俺はこれが解ける人やモノを探していて…」
「それもぜひ、私にやらせてもらえないだろうか!私なら命の保証はします、たぶん、きっと!」
「たぶん?!きっと?!」
「本当に再現可能かわかりませんけど、解呪もいつになるか正直わかりませんけど、人類の未来のために、叡智のために、できる限りのことはします!」
瞳をギラギラさせ、鼻息荒く迫ったら、怖がられてしまったらしい。彼はひきつった笑いを浮かべながら、四苦八苦して私の手を振り解いて、
「え、遠慮しときます!」
全力で、入り口に向かって駆け、否、逃げ出した。
その背中に、商魂逞しく声をかける。
「安くしますよーー!ご検討よろしくです!」
私などこれでまだ可愛い方だ。この街には私以上に魔道具に狂った職人がたくさんいる。
彼は一度も振り返らなかったが、きっとまた会うことになるだろうという予感がした。
なので、それまでに実験の準備をしておこう。
私は堪えきれない喜びに、にんまりと笑った。
月明かりの夜(オリジナル)(異世界ファンタジー)
目覚めたら依頼人がいなくなっていた。
山小屋の床に昏倒していたラッツは、飛び起きてすぐさま外に飛び出した。
降雪は止んでいた。
満月の月明かりが雪原を照らしている。
山頂に向けて、足跡が続いていた。
ラッツは雪原を駆けた。
今回引き受けた依頼は、死者と会えると噂の、この山への同行だった。
依頼人はまだ年若い夫婦で、少し前に幼い子供を亡くしていた。
妻の方が精神的に参ってしまい、藁をも掴む思いであったらしい。
山頂直下の山小屋に到着し、雪が止むのを待つ間、ポツポツと話を聞いていた。
娘は10歳で、何者かに乱暴されて殺されたそうだ。
犯人はまだ捕まっていないらしい。
病んだ妻は瞳を凄惨にギラつかせ、
「だから、あの子に会って、犯人を教えてもらうんです」
と言った。
夫は驚いた顔をして、
「犯人がわかったところであの子は戻ってこないだろ」
と、暗い声で言った。
「そんな事はわかっています!でも、犯人がのうのうと生きている事が許せない!あなたはそう思わないの?!」
ヒステリックにそう叫んだところで、妻は何かに気づいたように、唐突に窓に駆け寄った。
「ニナちゃん!!」
「?!」
「やっぱりニナちゃんだわ!待って!」
妻の動きは速かった。ラッツが制止する間もなく、扉を開けて外に飛び出して行った。
「奥さん!待っ」
て、と続けようとしたところで後頭部に衝撃が走り、ラッツは気を失ったのだった。
(クソッ!あのタイミングでこのザマって事は、犯人は夫じゃねぇか)
山小屋には夫婦とラッツしかいなかった。
妻が飛び出したのを制止しようと動いたラッツの背後には夫しかいなかったのだ。
気も力も弱そうな男だったので油断した。
まばらな木々を抜けて斜面を駆け上がっていくと、遠くに人影が見えた。なぜか夫が妻を背負って山頂に向かっているようだった。
「待て!」
ラッツが遠くから声をあげると、夫は気づいて足を速めたが、途中で諦めたらしい。山頂のやや広くなった場所に到着して妻を下ろすと、ラッツを待った。
その身体から殺気が溢れている。
3歩ほどの距離をあけて、ラッツは立ち止まった。
「お前が犯人なんだな」
「ああ!そうさ!」
そう言うと、夫はラッツに飛びかかった。
素人よりは冒険者のラッツの方が戦闘経験が多く、油断さえしなければ余裕で勝てるはずではあるが、慣れない雪に足をとられ、思うようにはいかなかった。
「お前、奥さんをどうするつもりだったんだ」
「そんなもの決まってる!山頂から落ちて事故で死んでもらう!お前もな!」
「させるかよ!っとと」
「死ね!」
腕を振りかぶった夫が、そこで急に固まった。
「?」
「あ…あ…ニナ?…本当に?」
彼はラッツの後ろに目をやり、ガクガクと震えていた。ラッツは振り向いたが、そこには何もなかった。
しかし、夫はジリジリと後退る。
「嘘だろ…やめろ…やめてくれ」
夫は虫を振り払うかのようにブンブンと両手を振りながら、さらに後退る。
「うわあああああ!!!」
ついに、ラッツに背を向けて山頂に向けて走り出した。何かに追われているように。それから逃げようとするかのように。
そして、地面に見えていた雪庇を踏み抜き、
「あああああぁぁぁぁ」
谷底に落ちていった。
死者と会える山。
ラッツには何も見えなかった。
ふたりは本当に死者と会えたのか。
あるいは、あの男のように、己が死者となって、死者に会いに行ける山だったのかもしれない。
ラッツの会いたい死者には、少なくとも、生きたままでは会えないようだ。
ラッツは小さくため息をつくと、意識を失っている妻を背負い、山小屋に戻るべく歩き始めた。
冴え冴えとした月の光が、まるで何事もなかったかのように、静かに雪原を照らしていた。
祈りを捧げて(914.6)
無宗教だけれど事あるごとに漠然と神に祈っている。
チケットが当たりますように。
合格しますように。
バチが当たりますように。
元気でありますように。
幸せになりますように。
そこに、具体的な神様の名前はない。
本当はそれぞれに得意な神様がいると思うのですが。いったい、誰に祈ってるんでしょうね。
遠い日のぬくもり(914.6)
クリスマスイブなので、ケーキを買って帰る役目を仰せつかりました。
会社帰り、長いケーキ列に並んで目的の物を買えたのですが、私の後ろに並んでいたお婆さまが、
「こちらいただけるかしら」
と指差したSサイズのケーキは売り切れていました。
Mサイズに悩んで、日持ちがすると聞いてそちらをご購入されていたのですが、その様子に、胸がキュッとなりました。
ケーキを買うって、とてもワクワクする事だと思うんです。喜んでくれるかな、楽しんでくれるかなって思って買うのがほとんどだと思うんです。
ウキウキしながら頑張って並んで、目的の物が買えなかった時のガッカリ感。
しかも高齢の方となると、もしかしたら本人は何とも思っていないかもしれませんが、私はもう、可哀想で愛おしくて、なんだか、勝手に妄想して、勝手に泣きたくなってしまいました。
私、例えば足が悪い老人が懸命にスーパーまで行って、買いたいものが買い占められていて買えない時とか、テレビドラマの壬生義士伝で、大野次郎右衛門が吉村貫一郎のためにおにぎりを作って持って行ったら吉村がいなくなっていた時など、食べ物に関する期待や善意の空振りに、めちゃくちゃキュンとなる傾向にあります。
無辜の民に幸あれ。
今日のお婆さまも、どうか、大きなケーキを笑い話にして、楽しいクリスマスを過ごされますように。