「もしもーし」
「おぅ」
「ごめんねえ、せっかく君の誕生日なのに」
少し沈んだ声で受話器の向こうの声は言った。
「仕事だからな」
仕方ない。
そう答えると、そうだけどぉ·····と更に打ちひしがれた声が返ってきた。
学生の頃なら、授業をサボって誕生祝いに出掛けたりも出来ていた。ハメを外して馬鹿をやって、怒られるのも若さの成せる業だったのだろう。
だがもうそんな若さは無い。
組織というものに組み込まれた二人は今、自由というものの尊さを噛み締めている。
「あと少しで終わるから、そしたら光の速さで帰るからねえ」
「おう」
短く答え、受話器を置く。
「·····」
窓の向こうには暗黒の空が広がっていた。
ここ数日は天気が悪い。風は無く、夜になっても雲が低く垂れこめている。
〝会えない時間が愛を育てる〟
誰の言葉だったか、そんな言葉を思い出した。
「時間なんか、どれだけかかってもいい」
何事も無く帰って来てさえくれれば、それで。
低く垂れこめた雲の向こう。
会えない寂しさを紛らせながら仕事に励む姿を思い、そっと呟いた。
END
「遠くの空へ」
!って、エクスクラメーションって言うらしい。
驚き、怒り、喜びなどの突然の声、悲鳴、って意味らしいけど、突然声をあげたくなるような感情って、最近あまり無いなぁ。
自分の感情がだんだん変わってくのが分かるから。
END
「!マークじゃ足りない感情」
そこからの景色はどう?
結局私はそこに行くことは出来なかったけれど、君がそこに行くことが出来たのが、我がことのように嬉しいんだ。
誰よりも高い場所。
世界でただ一人が昇れる場所。
私が行くことが出来なかったそこに、君が行けると気付いたのはいつだったか。
君は私に託された夢を、最初は拒んでいたね。
私の夢が君の夢になったと分かった時、涙が出るほど嬉しかった。
厳しく当たった事もあったね。
君が辛いと、逃げたいと思っていた事も知ってるよ。
でも君は逃げずに、私と君の夢を継いでくれた。
君のその、顔。
それが何よりも物語っている。
ありがとう。
君が見た景色を私は見ることが出来ないけれど、君のその顔を見られたことが、何よりも嬉しいよ。
END
「君が見た景色」
心の底から
怒り狂っている
喜び浮かれている
悲しみ打ちひしがれている
恐怖に戦き怯えている
夢中になって満たされている
理解出来ずに混乱している
そんな時、その深度が深いほど、適切な言葉は浮かばない気がする。
しかも感情というのは一つだけでは無い時の方が多くて、好きなのに怖いとか、怒りと悲しみが同時に沸き起こるとか、そんなものはザラにあるわけで。
マーブル模様のようなソレを、簡単に言語化出来るなら苦労はしない。
END
「言葉にならないもの」
派手なサングラスも、日焼けした肌も、チャラついた金のネックレスも、はしゃいで走り回った砂浜も、みんなみんなつかの間の夢。
飛行機に乗って空港から飛び立てば、現実が否応なしに追い立てる。
夢はおしまい。
さあ戦え。
立ち止まることは許されない。
ひっくり返ったサーフボード。弾けたように笑う声。
ホテルの部屋を吹き抜ける風。
トロピカルドリンクと抱えた本の束。
脳裏に確かに刻まれた、無くしたくないもの。
つかの間の夢を抱えて戦場に立つ。
END
「真夏の記憶」