自慢の子だったんです。
涙を浮かべて母は語った。
艶やかで綺麗な髪、パッチリした大きな目。
滑らかな頬に果実のような唇。
しなやかに伸びる手足で元気に走る子でした。
その子が脱ぎ捨てたであろう白いフリルのワンピースには、真っ赤な染みがついている。
大きなぬいぐるみを抱えてニッコリ微笑む姿は、私の理想の夢見る少女そのもので·····。
母の啜り泣きは止まらない。
どうしてこんな事になったのか、あんなに大事に育ててきたのに。
相棒はそんな母親の肩にそっと手を置いて、慰めるような仕草をする。
〝どうしてこんな事になったのか〟
私は何となく分かったような気がした。
肩を震わせ、両手で顔を覆って泣く母親の口角が、微かに持ち上がっていたのを見てしまった瞬間から――。
END
「夢見る少女のように」
どこへ? と聞いても答えは無く。
どこまで? と聞いても答えてくれない。
私を導くその手は最後まで繋いだままだろうか?
その先にあるものは本当に希望なのだろうか?
途中でその手を離されたら。
辿り着くその果てが私の望んだものと違ったら。
私は私のままでいられるだろうか。
「さあ行こう」
なんて前向きな、背中を押してくれる言葉。
でも、繋いだその手の主が今、どんな顔をしているのか私には分からない。
背中を押してくれるその場所が、実は断崖絶壁なのかもしれない。
後に残るのは、輝かしい足跡か無惨な残骸か。
いまはまだ分からない。
END
「さあ行こう」
昨日の雨が嘘みたいに思える日だった。
その日は朝から気温がぐんぐん上昇し、今年初の真夏日を記録したとニュースで伝えていた。
そんな嬉しくもない情報をスマホで入手し、はぁ、と重いため息を吐く。
ワイシャツが汗で張り付いて酷く不快だった。
腕に持った濃い色のジャケットもまるで熱を帯びているかのようだ。
噴き出す汗を雑に拭いながら、公園を横切る。
子供連れの若い母親が、くたびれて重い足取りの私に不審そうな目を向けてきた。
ジロリとその目を見返して、大きな木のそばにあるベンチに腰かける。鞄からペットボトルを取り出すと、すっかりぬるくなった水を思いきり飲み干した。
ようやく人心地ついた気がして、空を見上げる。
憎たらしいくらいの真っ青な空だった。
ふと、視界の隅に何かが煌めいているのに気付く。
「·····」
少し離れた先にある水たまりに青い空が映っていた。
水たまりの縁が太陽の光を受けて輝いている。煌めきの正体はこれなのだろう。その、大人の私でも大股で渡らなければならないであろう少し大きな水たまりは、青い空を映して静かに佇んでいる。
あと数時間もすればすっかり乾いて消えてしまうであろうそこに、鳥が横切っていくのが見えた。
熱に浮かされた私の頭に、小さな世界に閉じ込められた鳥のあまりに寂しい末路がよぎる。
――ただの幻。
分かりきったことなのに、それが何故かおかしくて私は空のペットボトルを持ったままいつまでも笑っていた。
END
「水たまりに映る空」
正直、その感情の名前なんて本当は何でもいい筈なのに。
相手に対して何かしたい、何かして欲しいというその欲に、何故か人は名前をつけたくなる。
尽くしたいのか
束縛したいのか
手を繋ぎたいのか
見つめ合いたいのか
言葉を返して欲しいのか
冷たくあしらって欲しいのか
同じ思いを抱いて欲しいのか、それとも一方的でいいのか。
恋しているから。愛しているから。そう言うと美しく響くけれど、結局は自分の欲から来る感情だ。
例えばこれが〝楽しいから〟だと、途端に狂気じみてくる。
でも、この言葉の違いに一体どれほどの差があるのだろう??
END
「恋か、愛か、それとも」
あからさまに作った声で彼女は言った。
「担当、降りないでねっ。約束だよ!」
僕にだけ向けてくれるキラキラした笑顔。
その額には微かに汗が浮かぶ。
あぁ、頑張ってるなぁ。
他の人間の汗なんて見れたもんじゃないけど、彼女は汗すら輝いて見えて、僕は思わず手を伸ばしそうになる。
「パワーを送るねっ!握手!!」
白くてマシュマロみたいな頬に触れる寸前で、僕の手は彼女の手に掬われる。
たったそれだけで、僕の胸に熱い何かが湧き上がる。
彼女は一生僕の推しだ。
◆◆◆
〝アイドルグループ○○のメンバー××が電撃結婚!!〟
あの時僕は知らなかった。
約束とは、破られる為にあるものなのだと言うことを 。
END
「約束だよ」