〝はたらけど はたらけど なお我が暮らし楽に ならざり ぢっと手を見る〟
約100年前、石川啄木が歌ったこの歌を2025年に生きる私がこんなにも身につまされて感じるなんて、想像出来なかった。
極端に贅沢してるわけでもない。
給料が低いわけでもない。
ごくごく普通に暮らしているだけなのに、常にギリギリなのはなぜだろう。
怒らなかったからだろうか。
声を上げなかったからだろうか。
変化を恐れていたからだろうか。
100年前の石川啄木は何を思ってこの歌を歌ったんだろう。
「しんどいなぁ·····」
青すぎる空は何も答えてはくれず、見上げたまま吐き出した小さな呻きは誰にも聞かれず空へと溶けた。
END
「空に溶ける」
小首を傾げて君が言うから。
「どうしてもあの靴が欲しいの·····」
赤いリボンがついたヒールの高いパンプス。
僕は難しい名前のそれを大事そうに抱き締める君の笑顔に満たされた。
上目遣いで君が言うから。
「どうしても食べてみたいな、あのケーキ」
ピンクのクリームで薔薇を象ったケーキを、僕は君の誕生日に買って驚かせた。
君の「どうしても」に僕は勝てない。
パンプスも、ケーキも、ネックレスも、ワンピースも、君が「どうしても」という言葉と共に欲しがるのなら、いくらでも買ってあげたかったし、そうしてきた。受け取るたびに君は目をキラキラと輝かせて、にっこり笑って「ありがとう」と言ってくれた。
君の「どうしても」に僕は勝てない。
やがて貯金は底が尽きて、消費者金融に手を出した僕はどうにもならないところまで落ちきっていた。
僕の服がどんどん安物になっても、僕の髪がどんどん伸びても、僕の食がどんどん細くなっても、君の「どうしても」は止まらない。
いいよいいよ。いくらでも。
僕からいくらでも奪っていって。
だって気がつけば僕も、君の「どうしても」を「どうしても」叶えてあげたいという病に侵されてしまったのだから。
涙を浮かべて君が言うから。
「どうしても·····世界で一番綺麗な赤を、見てみたいの」
いいよいいよ。いくらでも。何度でも。
その手を僕に、さぁ、振り下ろして。
どうしても止められなかった僕達の肥大した欲望は、僕達が一番望む形で終わっていった。
END
「どうしても·····」
〝舞って〟
ここはあなたの舞台。
あなたが世界で輝く日を、みんながきっと〝待って〟いる。
でも、もし。
輝くことが出来ないというのなら、それでもきっと大丈夫。
あなたがこの世界に生きている、それだけで十分なんだって、みんなきっと知っているから。
まさかと思うようなこと。
そんなことがあるわけないというよなこと。
世界にはそんな〝魔って〟っていうようなことがたくさんある。
あなたが生きる。
私が生きる。
ただそれを全うすること。
つまずいて、足掻いて、這いずって、また立ち上がって、歩いて、止まって、その軌跡はまるで一つの舞台のよう。
END
「まって」
死ぬまでにあといくつ知らない世界を覗けるだろう。
海外に行ってみたい。
バンジージャンプをしてみたい。
高級リゾートに泊まってみたい。
フルーツ狩りをしてみたい。
スターゲイザーパイを食べてみたい。
伝統芸能を見てみたい。
寝台列車に乗ってみたい。
他にもしてみたいこと、見たいものはたくさんある。
どれだけ実現するか分からないけれど、まだ知らない世界を見たい、知りたいという気持ちがある限り、なんとか頑張れる気がする。
END
「まだ知らない世界」
「手放すのに勇気がいるものって何かある?」
「お前」
「·····」
「もうお前のいない生活は想像つかん」
「·····そう」
――でももし、離れた方がお前が幸せになるというなら、その為に最後の勇気を絞り出さなければいけないとは思っている。
END
「手放す勇気」