せつか

Open App
4/13/2025, 12:08:09 AM

写真集を集めるのが好きだと言った彼は、今日も本屋に行く。
何時間も入り浸って、吟味に吟味を重ねて買った新しい写真集を、家に帰ってからもずっと眺めている。
棚に並ぶ写真集に、人をメインにしたものは無い。
ビルの立ち並ぶ大都市、一面の花畑、大海原にダイブする鯨、コンベアに乗せられている大量の金型·····。
世界中の、あらゆる場所の景色を集めた大量の本に囲まれる彼は、だが旅行は好きでは無いという。

「見に行けばいいじゃん」
教会のステンドグラスが載ったページをゆっくり捲りながらそう言うと、彼は行かないよとにべもなく答えた。

ノイズがキツいのだと言う。
音、声、匂い。
彼にはそれらがノイズとなって襲ってくるらしい。
場違いな音が一つ入ってくるだけで、不安感と不快感に押し潰されそうになるそうだ。
分からないでもない。
花の風景を楽しんでいて、不意にジャンクフードの匂いがしたらそちらに気を取られてしまうのは僕にも経験がある。

彼はだから、旅には行かないと言う。
全身のセンサーがきっと僕より鋭敏なのだろう。彼がそれでいいと言うなら、僕にはこれ以上言うことは無い。

この部屋から一歩も出ない彼はそれでもきっと、誰より世界の風景を知っている。


END


「風景」

4/11/2025, 11:59:53 PM

君と僕は違う生き物だから、その違いがいいんだよ。
そうなんでしょうか?
みんな違ってみんないい、って言うでしょう?
でも、違うから比べたりぶつかりあったりして争いが起こるんじゃないですか?
争いが起こる前に違いを認め合ったり理解しあうことが出来るのが、違いがある良さじゃない?
でも、生物の世界では異端者は追い出されますよ。
それは本能で生きる動物の話でしょ? 弱肉強食の世界ではそうしないと種として生き残れないからね。
人間だってそういうところがあるんじゃないですか?
そうだけど、そうならないように努力するのが違いを認め合うって事だと思うよ。
違います。
違う?
それは違いを認め合うんじゃなくて思考を取り込もうとしてるんです。やってることは動物と同じです。
そんな言い方よくないよ。

ほら。
え?
あなたと考えの違う私を否定して、取り込もうとしてる。
それは·····君の言い方が攻撃的だから
私はこういう話し方が好きなんです。それこそあなたと私の〝違い〟でしょう?
この話はやめよう。これ以上ヒートアップすると良くない。
なぜですか? 議論しましょうよ。
友達とはあまり争いたくないよ。

·····やっぱり違うと争いが起こる。私の考えが正しい証拠ですね。
で? 僕の考えを否定して、取り込むの? 取り込むも何も、君の考えも一理あるとは思ってるけど·····。
一理ある、ではなく私の思考と同化して欲しいんです、私は。
え?
ええ、私はあなたの言う〝本能で生きる生物〟ですので。
何を言ってるの?

擬態、ってご存知ですか?




バクン。
グシャグシャ、ボキッ。


END


「君と僕」

4/10/2025, 3:09:39 PM

「夢へはばたけ!」とか「夢へ一歩前へ!」とか。
エクスクラメーションマークを使ってまで主張したい強い想いは、多分もう無い。
就職氷河期と言われる時代を生きた私は、挫折と妥協と諦めの方が圧倒的に多い人生だった。
そろそろ人生の折り返し地点に入ろうという頃。
ようやく現実の中で折り合いをつけながら生きるという、心に負担をかけない生き方や考え方が分かってきた。

でも、桜舞うこの季節。
入学式、入社式などでキラキラとした笑顔を見せる若い人達を見るとふと思う。
「夢を叶えられていいなぁ」という羨望と、「頑張れ」という老婆心めいたもの。

現実は無理ゲー、なんて表現もあるけれど、お互いなんとか生きていこうね。


END


「夢へ!」

4/9/2025, 2:43:46 PM

1月以来、更新の止まってる相互さん、元気かな。
〝便りの無いのは良い便り〟っていう言葉があるけど、やっぱり少し寂しい気持ちはある。
でも、ネットの繋がりはそういうものだし、知りようが無いからお元気でいてくれる事を祈るしかない。
また戻ってこられたら、お話相手になってくれたら嬉しいな。


END



「元気かな」

4/8/2025, 2:54:15 PM

あなたとの約束は、かなえられそうにありません。
キラキラした瞳で夢を語ったあの頃は、もう遠い遠い、思い出すのもおぼろげな過去になってしまいました。
今の私はその日その日をかろうじて生きているだけの、同じ日々をただ繰り返すだけの、ゼンマイ仕掛けのロボットのようなものなのです。

努力が足りなかったのでしょうか?
才能が無かったのでしょうか?
それとも、その両方でしょうか?

今となっては分かりません。
あなたとの約束を果たして、再び笑って会える日を楽しみにしていた筈なのに。
もう合わせる顔がありません。

今でもキラキラと輝くあなたは、私にはあまりに眩しくて、電車に乗ろうとする私の足を鈍らせるのです。
窓ガラスに映る疲れ切った顔。
笑おうとして失敗し、歪んだ唇。
よれよれの上着に古びたカバン。
もう身の回りを気にする余裕も無くなりました。

今度、あなたの目に私が映る時には·····あの日の約束通り驚かせることが出来るでしょうか。

さようなら。
私はずっとあなたが大好きで、大好きで··········大嫌いでした。


END


「遠い約束」

Next