せつか

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12/23/2024, 2:15:39 PM

名前は親からの最初のプレゼント。
何かで聞いたか、読んだか。

私の名前は祖父から一字を貰ったらしい。
私が生まれるだいぶ前に亡くなったという祖父。
顔も知らない、どんな人だったか分からない祖父。
そんな祖父の字を貰ったんだよ、と言われて、私はどんな顔をすれば良かったんだろう?
何度か祖父がどんな人だったか聞いてみたが、いまいちイメージが湧かなかった。
私はどんな顔をすれば良かったんだろう?

名前は親からの最初のプレゼント。
素直に喜べなかった私は、嫌な子供でした。


END



「プレゼント」

12/22/2024, 11:33:53 AM

ゴミ箱から柚子の香りが漂ってくる。
昨日風呂に入れた柚子だろう。
ぶよぶよにふやけて、嫌な手触りになった果肉の一つを昨夜、渾身の力で握り潰した。
一つだけ醜く変形した柚子を見ても、妻は顔色一つ変えなかった。私が何をしようが興味無いのだろう。
ただ、季節の行事をきちんとやっているしっかりした私、という自己満足なのだ。

嫌いだからやめてくれ、と言ったところで彼女には何も響かない。無表情で、「そうですか」と言うだけが関の山だ。
「·····」
私達はなぜ結婚したのだろう?
もう遠い過去のことだから思い出せない。
妻を嫌っているわけではない。あちらも特段私を嫌っているわけではないと思う。
ただ、もう元には戻らないくらいに冷めきってしまって、その冷たさに耐えられなくなった。それだけだ。

ゴミ袋の口をきつく閉じて、柚子の匂いを閉じ込める。好きな香りではあったがもうこれはただのゴミだ。昼頃には収集車で更に潰されて、誰も嗅ぐことのない芳香を放つのだろう。
昨夜風呂に入っていた時の激しい感情は、いつの間にかなりをひそめている。
昨日が冬至だったという事は、今年もあと二週間足らずだ。
来年もまた私はぶよぶよにふやけた柚子に手を伸ばし、どうにもならない理不尽にため息をつく。

来年も再来年も、私達はきっと何も変わらない。


END


「ゆずの香り」

12/21/2024, 3:33:15 PM

大きな空は、何が大きいのか。
広い空、青い空は分かる。
けれど大きい空という表現にはどうも違和感を覚える自分がいる。
何が〝大きい〟んだろう?
そこまでぼんやり考えて、ふと空を見上げる。

「――」
低く垂れ込めた灰色の雲の切れ目から、大きな赤い目が覗き込んでいた。

〝大いなる空〟で、大空かぁ。



END


「大空」

12/20/2024, 3:30:00 PM

小さな背中が緊張に震えている。
当然だ。
スポットライトに照らされた舞台。
彼女は今からそこに行くのだ。
初めての舞台。
プリマに憧れた小さな女の子が今、夢を叶えようとしている。
そう広くはない手製の舞台。
観客はみな親類縁者のようなもので、現実とは程遠い。
彼女はそれをよく分かっている。――私も、観客達も。
この舞台は現実ではない。
私と彼女の関係も、観客達と私達の関係も。
たった一夜の幻だと、誰もが知っている。
だがそれでも、彼女は全霊を込めて踊るだろう。
爪先立ちで、両手を広げて、くるくると。
途中で転んでしまうかもしれない。
だが観客達は万雷の拍手を打つだろう。
夢を叶えた小さな少女に。

ベルが鳴る。
彼女が微かに振り向く。不安に揺れる瞳。
私はそっと手を伸ばし、彼女の華奢な背に触れる。
「大丈夫。行っておいで。小さな歌姫」
彼女が再び舞台に視線を向ける。

「いってきます」
思いのほか力強い声で答えて、彼女は舞台への一歩を踏み出した。


END



「ベルの音」

12/19/2024, 3:06:47 PM

放課後の教室。
ライブが終わった直後のコンサートホール。
上映終了後の映画館。
撤去されたクリスマスツリー。
電気の消えたショッピングモール。
最後の一台が走り去った駐車場。
廃墟になって久しい遊園地。

寂しさというのは、人の痕跡があったからこそ感じるもので。
往時の賑やかさや活気を知っているからこそ、それらが無い状況を寂しく感じるのだろう。

遠い将来、人類が全て滅んでしまったら寂しいという感覚も、楽しかった記憶も、全て無くなってしまうのか。
いつか寂しさも含めた全ての感情が、この世界から消えてしまう瞬間がやって来る――。

遠い宇宙を進む船は、その記憶を無くしたくない人々の、最後の希望なのだ。


END


「寂しさ」

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