せつか

Open App

ゴミ箱から柚子の香りが漂ってくる。
昨日風呂に入れた柚子だろう。
ぶよぶよにふやけて、嫌な手触りになった果肉の一つを昨夜、渾身の力で握り潰した。
一つだけ醜く変形した柚子を見ても、妻は顔色一つ変えなかった。私が何をしようが興味無いのだろう。
ただ、季節の行事をきちんとやっているしっかりした私、という自己満足なのだ。

嫌いだからやめてくれ、と言ったところで彼女には何も響かない。無表情で、「そうですか」と言うだけが関の山だ。
「·····」
私達はなぜ結婚したのだろう?
もう遠い過去のことだから思い出せない。
妻を嫌っているわけではない。あちらも特段私を嫌っているわけではないと思う。
ただ、もう元には戻らないくらいに冷めきってしまって、その冷たさに耐えられなくなった。それだけだ。

ゴミ袋の口をきつく閉じて、柚子の匂いを閉じ込める。好きな香りではあったがもうこれはただのゴミだ。昼頃には収集車で更に潰されて、誰も嗅ぐことのない芳香を放つのだろう。
昨夜風呂に入っていた時の激しい感情は、いつの間にかなりをひそめている。
昨日が冬至だったという事は、今年もあと二週間足らずだ。
来年もまた私はぶよぶよにふやけた柚子に手を伸ばし、どうにもならない理不尽にため息をつく。

来年も再来年も、私達はきっと何も変わらない。


END


「ゆずの香り」

12/22/2024, 11:33:53 AM