放課後の教室。
ライブが終わった直後のコンサートホール。
上映終了後の映画館。
撤去されたクリスマスツリー。
電気の消えたショッピングモール。
最後の一台が走り去った駐車場。
廃墟になって久しい遊園地。
寂しさというのは、人の痕跡があったからこそ感じるもので。
往時の賑やかさや活気を知っているからこそ、それらが無い状況を寂しく感じるのだろう。
遠い将来、人類が全て滅んでしまったら寂しいという感覚も、楽しかった記憶も、全て無くなってしまうのか。
いつか寂しさも含めた全ての感情が、この世界から消えてしまう瞬間がやって来る――。
遠い宇宙を進む船は、その記憶を無くしたくない人々の、最後の希望なのだ。
END
「寂しさ」
「私も、貴方も」
曇った窓ガラスを見つめながら、彼はふと思いついたように口を開いた。
「多分一人である程度のことは出来てしまうんですよね」
外は雪。積もるかも知れないと予報で言っていた。
けれど暖房の効いた部屋との気温差でそんな外の様子はほとんど見えない。
白だか灰色だか分からない色で閉ざされた室内は、暖かい筈なのに何故か妙に居心地が悪かった。
「まぁ、そうだね。否定はしないよ」
どこか投げやりな調子で私は答えて、一人がけのソファからゆっくり立ち上がる。
彼は何も見えない窓ガラスを何故か睨みつけるように見つめていた。
「人は一人では生きていけない、なんて言うけれどそれは嘘だよ。どうとでもなる」
私も彼も、確かに一人である程度のことは出来てしまう。ハードルを下げれば苦手だと思う事もやれない事は無いだろう。別段、私と彼に限った事ではない。
そう言うと、彼は私を見上げて厳しかった表情を突然ふわりとやわらげた。
「そういう、ところですよ」
そう言って、隣に並んだ私にどかりと背を凭れかけてくる。なんと答えたらいいのか分からず、私は彼を見下ろして問うた。
「みんなからもよく〝そういうところ〟と言われるんだけどね。何が〝そういうところ〟なのかよく分からないんだよ」
言いながら手を伸ばし、曇ったガラスの上で掌を数回往復させる。氷のように冷たいガラスの水滴で手がみるみる濡れていくが、構いはしなかった。
もう既にうっすらと雪は積もり始めている。
「私も貴方も、寂しいとか苦しいとか、そういう事を口に出せない性分だから困りましたね。という話です」
彼は私を見上げながら微かに眉を寄せて微笑む。
どこかで見たような表情だな、と何故か思った。
「やっぱりよく分からないな」
「いいんですよ。分からないままで」
彼は答えて、まだ曇ったままのガラスに指で何かを書き始める。
「せめてこんな寒い冬は、一緒にいましょう」
彼が相合傘に自分の名前を書き入れた頃には、隣に書かれた私の名前はもう滲み始めていた。
END
「冬は一緒に」
口から生まれたんじゃないの?
ってくらいよく喋る人がいる。
黙ったら死ぬ病気にかかってるの?
と思わず聞きたくなる瞬間が何度かあって、それをぐっと堪えた事もあった。
イライラして、生返事で話を終わらせた。
なんで話を終わらせたかって?
仕事中だったから。
きっと相手は私のことを「つまんない人」と思っただろう。
「とりとめもない話」を無駄話と取る場面と、楽しいおしゃべりと取る場面があると思う。
楽しいおしゃべりならしたいけど、するべきではない時にする「とりとめもない話」は無駄話でしかないから嫌いだ。
それに――ただ仕事で同じ部署にいるだけの人に「つまんない人」と思われたって、別になんとも思わない。
あぁ、これこそまさに「とりとめもない話」だ。
END
「とりとめもない話」
流行っているので皆様お気をつけください~。
「風邪」
重い雲が垂れ込めて、いつもより暗く感じる。
あと数時間もすれば雪になるだろう空を恨めしく見上げながら、いつかのように彼と屋上に並んだ。
「·····」
今夜は星が見えない。
あの分厚く重い雲が隠してしまっているのだ。
いつかの夜、彼は星を見ながら「雪を待ってる」と言った。真っ暗な冬の夜、降り積もる真っ白な雪に埋もれたらきっと気持ちいいんじゃないか、などと――。
無邪気な子供の妄想にも、倦み疲れた大人の希死念慮にも聞こえる言葉に私は耳を疑い、以来こうして彼と二人きりになる時間を見つけては話をするようになった。
誰もが羨望と憧れの眼差しで見つめる美しい男。
何の憂いも無いように見える彼の翳りが、ひどく気になったからだった。
彼はいつかの夜のことを、覚えているだろうか?
「雪になりそうですね」
煙草はやめたと言っていた。
あの日、暗い空に抜け出た魂のように見えていた煙も今は無い。
「·····うん。だから、待ってる」
煙草はやめたと言っていたのに、零れ落ちた小さな声は抜け落ちた魂のようで――。
右腕を伸ばし、柵に寄りかかる彼の手を掴む。
「貴方は·····」
続く言葉は、彼の唇によって塞がれた。
「君の指·····やっぱり冷たくて気持ちいいいな」
楽しそうに笑った彼の手こそ、冷たくてまるで死人のようだと、私は思った。
END
「雪を待つ」