重い雲が垂れ込めて、いつもより暗く感じる。
あと数時間もすれば雪になるだろう空を恨めしく見上げながら、いつかのように彼と屋上に並んだ。
「·····」
今夜は星が見えない。
あの分厚く重い雲が隠してしまっているのだ。
いつかの夜、彼は星を見ながら「雪を待ってる」と言った。真っ暗な冬の夜、降り積もる真っ白な雪に埋もれたらきっと気持ちいいんじゃないか、などと――。
無邪気な子供の妄想にも、倦み疲れた大人の希死念慮にも聞こえる言葉に私は耳を疑い、以来こうして彼と二人きりになる時間を見つけては話をするようになった。
誰もが羨望と憧れの眼差しで見つめる美しい男。
何の憂いも無いように見える彼の翳りが、ひどく気になったからだった。
彼はいつかの夜のことを、覚えているだろうか?
「雪になりそうですね」
煙草はやめたと言っていた。
あの日、暗い空に抜け出た魂のように見えていた煙も今は無い。
「·····うん。だから、待ってる」
煙草はやめたと言っていたのに、零れ落ちた小さな声は抜け落ちた魂のようで――。
右腕を伸ばし、柵に寄りかかる彼の手を掴む。
「貴方は·····」
続く言葉は、彼の唇によって塞がれた。
「君の指·····やっぱり冷たくて気持ちいいいな」
楽しそうに笑った彼の手こそ、冷たくてまるで死人のようだと、私は思った。
END
「雪を待つ」
12/15/2024, 3:22:52 PM