せつか

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12/2/2024, 2:35:18 PM

灰色が好きとあの子は言った。
黒でも白でもない、曖昧な色がいいと。
極端なのは苦手なの、とも言った。
夏や冬より秋が好きで、昼や夜より夕方が好きな子だった。きらびやかな都会の駅ビルより、少し田舎の街のショッピングモールが好きで、映画化されたベストセラー小説よりその横の棚に一冊だけある本が好きな子だった。

今、あの子の部屋には誰もいない。
曖昧なのが好きなあの子の部屋は、嘘みたいに綺麗に整えられている。
服はここ、アクセサリーはここ、本棚はここ。
日用品はこの引き出しで、筆記用具はこの箱の中。
混ざった物など一つも無い。
「·····どっちが本当のキミだったの?」
あの子が好きだと言った本を取り出しながら、ぽつりと呟く。

吊り下げられた服は抑えた色味のものもあれば、ビビットカラーのものもあった。私と会う時はいつも抑えた色味だったが、別の一面もあったのだろう。
私に見せていたのは光か闇か、どちらだったのだろう?

――いや、どちらでもあり、どちらでもないのか。
光と闇、その境もはっきりとある訳じゃない。
あの子はその狭間で生を謳歌した。それだけの事だ。
パラパラと捲っていた本の中から、紙が一枚はらりと落ちた。

『センセ、ありがと!』

END


「光と闇の狭間で」

12/1/2024, 3:03:39 PM

「月まで3km」という道路標識がある。
それは実際にある月という地名までの距離で、のどかなボート乗り場であるらしい。行った事無いから分からないけれど、その道路標識だけでも何だかワクワクするから不思議だ。

地球の衛星である月までの距離は、約38万km。
案内板で表示するにはまだまだ遠い距離だ。
しかも地球と月の間には真空の宇宙空間が広がり、月には水も空気も無い。重力も違うし、生命は存在しない。人類が月に行くには、まだまだ障害が多くて膨大な時間がかかる。

でも、それでも――。
いつか『月まで38万km』という標識や案内板がロケットの発着場に表示される日が来るのだろう。

その夢を繋ぐ人々の、心の距離はどれだけ遠く隔たっていても限りなくゼロに近いのだから。


END



「距離」

11/30/2024, 4:04:08 PM

どちらがいいですか? と聞かれた。

「泣かないでください」か「泣いていいですよ」か。
その、冷徹にも聞こえる声が今の私には有難かった。

夜の森には私と彼、起きているのは二人だけ。他の者は長旅の疲れが出たのか、皆泥のように眠っている。
無言で揺れる炎を見つめていたら、不意に名を呼ばれた。
「後悔しているんですか?」
「なにを?」
「何もかもを」
彼の青い目がまっすぐ私を見つめる。焚き火の向こうに見える彼の目が、炎のように私を炙っている。
ここでもし、誤魔化すような事を言ったら彼は私を許しはしないだろう。過去の全てを抱えて、罪の全てを見つめて、それでも共に歩くと決めたのだ。彼の覚悟と決意に、私も応えなければならない。

「――してないよ」
小枝を一本、火に焚べながら私は答えた。
「後悔はしていない。私は今も、あの思いは間違ってなかったと思っている」
方法は間違った、とは思っているけれど。
そう言うと、彼は厳しかった表情をふわりと和らげた。
「貴方らしい」
そう笑った彼の目に、光るものが見えたのは気のせいだろうか?

「でも、そうだな·····」
「明日からまた歩き出す為に、さっきみたいに鋭い声で言ってくれるかい?」

〝泣かないでください〟

私の為に。
貴方の為に。
君の為に。
明日からまた二人で、歩き出す為に。
こうして強がる事が、お互いの背中を押す事になるのだから。


END



「泣かないで」

11/29/2024, 10:56:46 PM

オレンジと黒とカボチャだらけだったショッピングモールが、赤と緑とサンタクロースだらけになった。
クリスマスケーキとおせちと年賀状印刷のチラシが入るようになった。
コンビニに肉まんとおでんが並び始める。

あぁ、日本の冬だなぁ。

END


「冬のはじまり」

11/28/2024, 4:08:38 PM

「未完の大作って言葉、大っ嫌い」
本屋の一角で人目も憚らず彼女は言った。

ボクはまた始まった、と思いながら平台に置かれた文庫の山を見つめる。
「他の業界じゃ絶対に許されない事じゃない? 納期に遅れるって」
それはそう。
「なのに漫画や小説はいいのは何でよ、って思うワケ。読者は待ってるのに」
一理ある。
「そりゃ、筆が止まっちゃう理由は色々あるんだろうけどさ。それならそれで説明して欲しい」
二年以上続きが出ない漫画を待っている彼女の言葉には、確かに頷ける部分もあった。飽きっぽくて、長い話が苦手なボクにはいまいち分からない苦しみなのかもしれない。
「読者は待ってるワケよ。あの戦いの結末を、あの事件の真相を、あの恋の行方を」
「ああ、うん」
「それを見届けて、〝あー、終わっちゃった〟って言いたいの」
「なるほど」
「終わった後で、描かれなかった部分を想像したり、作者が提示した結末以外の道は無かったのか考えるのが楽しいのに」

台に並んだ文庫を一冊手に取ってみる。
帯にはでっかく『未完の大作』の文字。
作者が病没したらしい。読者もそうだけど作者も悔しかったろう。作家や芸術家の中には、〝命を削って〟書いているという人も多いらしい。
「漫画でも映画でもなんでもいいけど、終わらせないで、なんて思ったこと一度もないよ。ちゃんと終わらせて、ちゃんと次へ向かわせてって思う」
彼女はそうだろう。
「ボクは時々思うことがあるよ」
「何を?」
「終わらせないでって」
「はぁ? ストーリーものまともに読まないじゃん」
「漫画や小説の事じゃないよ」
「?」

ボクは時々思うことがある。
命を削りたくなくても、削がれていってしまう事だってあるんだと。
少しずつ病魔に蝕まれていった体は、そう遠くない未来、終わりを迎えるだろう。
それは彼女にとって何になるのだろう?
戦いか、事件か·····それとも恋か。

「キミとの関係」

あ、どんでん返しだったみたい。


END


「終わらせないで」

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