保育園、小学校、中学校、高校、専門学校、職場。
それぞれに思い出すことはある。
思い出すことはあるけど、ハッキリ言って思い出したくない事の方が多い。
友人や先生の顔はぼんやりとしか浮かばないのに、その時の状況や言葉や、音、匂いなんかは何故かはっきり覚えている。
どれもこれも不快で、うるさくて、臭くて、思い出しただけで嘔吐きそうになる。
ふとしたきっかけでそれらを思い出してしまうと、頭の片隅や胸の奥にずっとそれがこびりついて、数日は離れない。
せめて一つくらい、いい思い出があればいいのに。
END
「たくさんの思い出」
冬になったらこたつを出そう。
冷凍庫にアイスクリームを常備して、雪が降ったら二人で食べよう。
ちらちら落ちる雪を窓越しに見ながら、温かいこたつに入って少し高いアイスクリームを二人で食べる。
私はチョコ、あなたはバニラ。
一口ずつ交換して、クリスマスはどう過ごすか話をしよう。
どこかに出かけてもいいし、家でゆっくり過ごしてもいい。小さなクリスマスツリーを買ってきて、二人でオーナメントを飾ろう。
少しずつ、少しずつ。
二人でやることを増やしていって、殺風景だった家に共有のものを、無くしたくないものを増やしていこう。
そうして長い時間をかけて、ドラマチックでも何でもない人生を、かけがえのないものにしていこう。
そう言うと、「あぁ」とぶっきらぼうにあなたは答えた。
END
「冬になったら」
離れていても、心は繋がっている。
そう思えたらどんなにいいか。
最初はそう信じて強くいられた。
いつか再会出来ると信じて。
いつか再び笑える日を夢見て。
でも、会えない時間が長くなればなるほど、強い思いは磨り減っていく。心の繋がりを疑うわけじゃない。
再会出来る日を信じなくなったわけじゃない。
でも、それらを強く信じ続けるには、時間が経ち過ぎていて。
強く凝り固まっていた心は、ふとしたきっかけで絵の具のように溶けていく。
「元気でさえいてくれたら」
「幸せでさえいてくれたら」
隣にいるのが私じゃなくても、あなたの一番が私じゃなくても、それでいい。
END
「はなればなれ」
※1年休まず続ける事が出来ました。
読んで下さっている皆様、ありがとうございます。
「この子ください」
「前の子は元気ですか?」
「おっきくなりましたよー。もう走り回って大変」
「この子はおっとりしてるから、前の子と上手くやれるかなぁ」
「少しずつ慣らしてきますから大丈夫ですよー」
「大切にしてくださいね」
◆◆◆
店の裏には小さな小さな石碑がある。
店長は時々その前で手を合わせてじっと目を閉じている。
一度聞いた事がある。
「あのお客さん、一ヶ月前も子猫買っていきませんでした?」
「·····うん」
「いいんですか?」
「大事にしてるって言ってるし、餌やケア用品もこまめに買ってくれるし」
――嘘だ。
多分前の子は捨てられたか、もう死んじゃってる。
あの人は失恋するたび子猫を買ってる。私が数え始めてもう六回。六匹も猫を飼ってるとはとても思えない。
「決めつけちゃ駄目だよ」
店長が言う。
「飼えなくなったとしてもちゃんと譲渡してるかもしれないし、本当に大切にしていても死なせちゃった可能性もあるし。僕達がそれ以上追求することは出来ないでしょ?」
「それはそうですけど·····」
「それに·····」
「それに?」
店長は少し口を噤んで私を見つめた。
言うか言うまいか、迷っているようだった。
「あの人自身、子猫みたいなものだから」
買われて、捨てられて、また買われて――。
そう言った店長の横顔は、泣いてるみたいに見えた。
◆◆◆
次の日の朝、石碑の前に小さな花が供えてあった。
END
「子猫」
女心と秋の空、なんて言う人は今どきいないだろう。
冷たい風が吹き、不意に歩みを止めた時。
夏の浮かれた蒸した空気が、いつの間にか乾いた冷たい空気になっている事に気付く。
そして自分も浮かれていた事に気付いて、何故こんなに浮かれていたのかと、急速に冷めていく。
熱中していたものが急にどうでもよくなって「もう
、いっか」って気持ちになる。
こういう心理を秋風が吹く、というのかな。
これが恋愛であったら少しは感傷的になったり、しんみりした感じになるんだろう。
それにしても、寒々とした空気の「秋」と気持ちが冷める「飽き」をかけるって、日本語ならでは、だよね。
END
「秋風」