「また会いましょうね」
次があると信じている。
恐ろしく前向きで、信じられないくらいにポジティブ。これが最後かもしれないなんて、一ミリも思い付かない、そんな顔。
ニコニコ笑って、私の手を取って、貴女はそう言って微笑んだ。
「·····あー、まぁ、はい。会えたら、また」
根っから後ろ向きで、筋金入りのネガティブ思考の私は、どうせ次は無いと思って適当な返事をしてへへ·····と歪に笑った。
初めてオフで会った貴女は、キラキラしていて、眩しくて。同じ推しを応援しているという事以外何の共通点の無い地味な私の話を、ニコニコ笑って聞いてくれた。一緒に公演を見て、カフェで話をして、夢みたいに楽しい時間だったのに、その時間が終わると分かると急速に冷めていく。
押し寄せる現実。
キラキラしたこの人は、推しと同じように私のリアルには交わらない。
現実から逃避したこの街で、この場所で、この空間だから出会えた人。
このキラキラした人達との短い夢を糧に、明日からまた単調で、地味で、変わり映えのしない、でも安定した日々を私は生きていく。
「来年もまた一緒にお話しましょうね!」
そう言って、駅の改札で手を振ってくれた貴女。
私はぺこりと会釈して、ホームへと歩いていく。
可愛らしい声をした人だった。
同じ推しの話をしていた私の声は、貴女にどんな風に響いていただろう。不快になっていなければいいな。
来年までアカウントが繋がったままでいたら、また会いたい、な。
◆◆◆
『お知らせ:××××と繋がって下さっていた皆様へ。
〇月×日、××××は事故に会い、治療の甲斐なく永眠致しました。生前繋がって、親しくして頂いた皆様、有難うございました。××××の家族より』
「·····へへ」
数日後、信じられないものを見た私はあの日と同じ歪に笑うことしか出来なかった。
END
「また会いましょう」
バンジージャンプも、お化け屋敷も、吊り橋も。
展望タワーも、モータースポーツも、ホラー映画も。
何かあっても大丈夫。
何かあってもなんとかなる。
そんな安心が保証されてるから楽しいのであって、そうじゃないものは危険なだけなのだ。
スリルとは安心が保証されている緊張感、なのかなと思う。
END
「スリル」
すらりとした背中。
左右に大きく見える肩胛骨。
盛り上がり、向かい合ったなめらかな曲線を見ていると、「昔はみんな、背中に翼があったんだよ」というおとぎ話も信じてみたくなってしまう。
「·····くすぐったいよ」
無意識に伸ばしていた指でそっと撫ぜると、相手は小さく笑って身をよじった。
「すいません」
引っ込めた手を見つめる。彼の少し低い体温に触れた感触がまだ指先に残っている気がした。
私達が昔持っていたという翼は、どうして無くしてしまったのだろう。
飛ぶ必要が無くなったのか、飛ぶ事を忘れてしまったからか。
飛べなくなった私達は、地上で手を取り合いながら、どうにかこうにか生きている。
「前から思っていたけれど」
「なんです?」
「君の髪·····絵画の天使みたいだ」
彼の長い指が私の前髪に触れる。
「ならば私達は二人共、元は天使だったのかもしれませんね」
「·····なんだいそれ」
困ったように眉を寄せながら笑う彼に、私は何故だか胸が苦しくなるのを感じた。
END
「飛べない翼」
一面のススキが波打つ草原に、彼と私は立っていました。
さわさわとススキが擦れる音だけが、広い草原と二人の間を渡っていきます。誰もいない夜の草原に銀色の月と、照らされたススキの穂だけが柔らかく輝いていました。
彼は無言で佇んでいます。すらりとした長身は草原の遥か先を見つめ、ピンと立った耳は時折ぴくりと動いて些細な音も聞き逃すまいとしています。
その背に立つ茶色の尻尾は物言わぬ彼の心を伝えているかのようにゆらゆらと、右に左に揺れていました。
狐の彼と過ごし始めて三年。
彼が車で私を連れてきたこの草原は、彼が生まれた地だったのでした。
さわさわとススキが揺れています。
「みんなすっかり無くなってしまった」
銀色の波を見つめながら、彼がそっと口を開きました。
「この髪と目の色のお陰で、仲間からも爪弾きにされていたけれど」
狐であること。
人に化けられること。
今は人として人の世界で生きていること。
それ以外で彼の事を聞くのは、これが初めてでした。
「それでも私にとっては·····故郷だから」
静かな声は私の耳に優しく響きます。
長い夜。
彼は少しずつその生い立ちと、人の世界にやって来た理由を話し始めたのでした。
END
「ススキ」
いつもいつも、頭の片隅にある懸念。
リアルでもネットでも、誰かと何かを話している時、脳裏をよぎる可能性。
「この人はこんな事を言っているが内心では私をバカにしているんじゃないだろうか?」
「今の私の言葉はこの人の機嫌を損ねたんじゃないだろうか?」
「今これを言っていいタイミングなのだろうか?」
数え上げればキリがない。
いつもこんな、不安が頭の片隅にある。
多分、子供の頃の記憶のせいだ。
思い出したくもない記憶。
人との接し方が分からない。
距離のとり方が分からない。
人の言葉を素直に受け取れない。
ごめんね。私はこんな、臆病な人間です。
END
「脳裏」