一面のススキが波打つ草原に、彼と私は立っていました。
さわさわとススキが擦れる音だけが、広い草原と二人の間を渡っていきます。誰もいない夜の草原に銀色の月と、照らされたススキの穂だけが柔らかく輝いていました。
彼は無言で佇んでいます。すらりとした長身は草原の遥か先を見つめ、ピンと立った耳は時折ぴくりと動いて些細な音も聞き逃すまいとしています。
その背に立つ茶色の尻尾は物言わぬ彼の心を伝えているかのようにゆらゆらと、右に左に揺れていました。
狐の彼と過ごし始めて三年。
彼が車で私を連れてきたこの草原は、彼が生まれた地だったのでした。
さわさわとススキが揺れています。
「みんなすっかり無くなってしまった」
銀色の波を見つめながら、彼がそっと口を開きました。
「この髪と目の色のお陰で、仲間からも爪弾きにされていたけれど」
狐であること。
人に化けられること。
今は人として人の世界で生きていること。
それ以外で彼の事を聞くのは、これが初めてでした。
「それでも私にとっては·····故郷だから」
静かな声は私の耳に優しく響きます。
長い夜。
彼は少しずつその生い立ちと、人の世界にやって来た理由を話し始めたのでした。
END
「ススキ」
11/10/2024, 3:37:36 PM