せつか

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11/11/2024, 3:05:29 PM

すらりとした背中。
左右に大きく見える肩胛骨。
盛り上がり、向かい合ったなめらかな曲線を見ていると、「昔はみんな、背中に翼があったんだよ」というおとぎ話も信じてみたくなってしまう。

「·····くすぐったいよ」
無意識に伸ばしていた指でそっと撫ぜると、相手は小さく笑って身をよじった。
「すいません」
引っ込めた手を見つめる。彼の少し低い体温に触れた感触がまだ指先に残っている気がした。

私達が昔持っていたという翼は、どうして無くしてしまったのだろう。
飛ぶ必要が無くなったのか、飛ぶ事を忘れてしまったからか。
飛べなくなった私達は、地上で手を取り合いながら、どうにかこうにか生きている。

「前から思っていたけれど」
「なんです?」
「君の髪·····絵画の天使みたいだ」
彼の長い指が私の前髪に触れる。
「ならば私達は二人共、元は天使だったのかもしれませんね」
「·····なんだいそれ」
困ったように眉を寄せながら笑う彼に、私は何故だか胸が苦しくなるのを感じた。


END



「飛べない翼」

11/10/2024, 3:37:36 PM

一面のススキが波打つ草原に、彼と私は立っていました。

さわさわとススキが擦れる音だけが、広い草原と二人の間を渡っていきます。誰もいない夜の草原に銀色の月と、照らされたススキの穂だけが柔らかく輝いていました。
彼は無言で佇んでいます。すらりとした長身は草原の遥か先を見つめ、ピンと立った耳は時折ぴくりと動いて些細な音も聞き逃すまいとしています。
その背に立つ茶色の尻尾は物言わぬ彼の心を伝えているかのようにゆらゆらと、右に左に揺れていました。

狐の彼と過ごし始めて三年。
彼が車で私を連れてきたこの草原は、彼が生まれた地だったのでした。
さわさわとススキが揺れています。
「みんなすっかり無くなってしまった」
銀色の波を見つめながら、彼がそっと口を開きました。
「この髪と目の色のお陰で、仲間からも爪弾きにされていたけれど」
狐であること。
人に化けられること。
今は人として人の世界で生きていること。
それ以外で彼の事を聞くのは、これが初めてでした。

「それでも私にとっては·····故郷だから」
静かな声は私の耳に優しく響きます。
長い夜。
彼は少しずつその生い立ちと、人の世界にやって来た理由を話し始めたのでした。


END


「ススキ」

11/9/2024, 3:36:02 PM

いつもいつも、頭の片隅にある懸念。
リアルでもネットでも、誰かと何かを話している時、脳裏をよぎる可能性。

「この人はこんな事を言っているが内心では私をバカにしているんじゃないだろうか?」
「今の私の言葉はこの人の機嫌を損ねたんじゃないだろうか?」
「今これを言っていいタイミングなのだろうか?」
数え上げればキリがない。
いつもこんな、不安が頭の片隅にある。

多分、子供の頃の記憶のせいだ。
思い出したくもない記憶。
人との接し方が分からない。
距離のとり方が分からない。
人の言葉を素直に受け取れない。

ごめんね。私はこんな、臆病な人間です。


END



「脳裏」

11/8/2024, 3:59:27 PM

生きてることに意味を見出せる人はどれくらいいるのだろう。

「意味」を調べると
①行動や発言が行われた〝理由〟。
②あるものが存在する〝必要性〟や〝理由〟。
とある。

理由が無いものや言葉や行動は、必要性の無いものなのだろうか? そんな事は無いと思う。
それとも理由や必要性を説明する語彙や価値観が私に無いだけで、全ての言葉や行動には、全ての存在するものには、必ず意味があるのだろうか?

自分が生きている事、それ自体も意味がある事なのか分からないというのに。
たとえば私も今際の際には、「私の人生は〇〇だった」と何か表現出来るのだろうか。


そもそもこんな事をつらつらと考えてしまう事自体が、〝意味がないこと〟なのかもしれない。



END



「意味がないこと」

11/7/2024, 2:51:20 PM

あなたとわたし。
黒と白。表と裏。光と闇。夜と黄昏。
傷と狂気。近くて遠い。忌々しくて、愛おしい。

「·····どうした?」
「? 何が?」
頬に触れた指は冷たくて心地よい。
「泣いているのかと思った」
低音が鼓膜をくすぐる。
「泣いてないよ?」
泣いてない。でも、泣きたくなるような気持ちだったのは本当で。
この人と、こんな穏やかな時間を過ごせる日が来るなんて·····。

「ココア、おかわりいる?」
じわりと滲んだ涙をごまかす為に立ち上がる。
その手を強く、掴まれた。
「いい」
「でも·····」
「いいから、ここにいろ」

あなたとわたし。
――どうしてあんなに、傷付け合っていたのだろう。


END



「あなたとわたし」

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