貴方と知り合った最初の秋は、何もかもが楽しかった。食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋、全部を貴方と楽しんで、寂しいなんて感じる暇すらなかった。
貴方と行った冬の温泉。
二人で雪見酒を楽しんだ。掘りごたつで足をつつきあって、年賀状を手渡しで交換した。
春に引っ越したアパートは、狭い部屋だけど窓から桜がよく見えた。どっちも本を捨てたくなくて、棚をどうするかで喧嘩した。
初めて行った夏の海。
夜の浜辺を手を繋いで歩いた。誰もいない静かな海で持ってきた花火を二人でやって、最後の線香花火は貴方の方が長持ちしてた。
そして、何度目かの秋。
落葉を踏み締めながら私は一人歩いている。
楽しい事しかなかった恋は、ある日突然終わりを告げた。
「ごめん」
たったこれだけの短いメール。それっきり貴方はどこかに行ってしまった。
秋に始まった私の恋は、何の前触れも無く終わった。
不思議と寂しいとは感じなかった。
私も、貴方も、きっと〝恋愛ごっこ〟がしたかっただけ。本当は貴方がいなくても、私がいなくても、私達はお互いに生きていける。それが分かっていた二人だった。
空を見上げる。
赤い葉っぱの間から、いやに澄みきった空が見えた。
「綺麗だね」
貴方もきっとどこかでこの空を見上げているのだろう。それはきっと、間違いない。
それだけで、良かった。
END
「秋恋」
大好きなんだ、本当なんだ。
そう言って彼は私の頬に両手を当てた。
軽く触れた唇はすぐに離れて、ごめんよ、と囁く。
その言葉が終わらない内に頬に触れていた手が滑るように首に降りてくる。
大事にしたいのに、ごめん。
ぐ、と力を込められて、私はひゅ、と息を詰まらせた。
◆◆◆
別れた方がいいよ、絶対。
彼女は真剣な顔をしてそう言った。
私はありがとうと囁いて、でも、と首を振る。
夏でもハイネックしか着なくなって、二年が過ぎた。
黒いシャツの下には今も、彼の指の痕がある。
アンタのそれは愛情じゃないんじゃない?
分からない。でも私は彼が大好きで、泣きながら私の首に指を押し当てる彼が、大好きで·····。
アタシから言ってあげよっか?
ううん、と今度ははっきり告げる。
大事にはしたくないんだ、大丈夫だから。ありがとね。
彼の指の痕が残る首にそっと手を当てると、私は反対の手で親友のグラスにビールを注いであげた。
私は人に恵まれている。
END
「大事にしたい」
一度も思ったことのない願いだ。
子供の頃はいじめられて。高校生になってからは周囲と上手くなじめずに。就職試験は惨敗で、専門学校は行くだけで何も身につかなかった。生きる為に何とか仕事を探して、必死こいて日々を過ごす。
そんな日々を送りながら、早く時間が流れて何かがいい方向に行く事を願っていた。
「この瞬間がずっと続けば」なんて、おめでたい夢想だと思っていた。
「時間よ止まれ」
そんな願いを抱く瞬間が、いつか私にも訪れるのだろうか。
END
「時間よ止まれ」
夜景というと山の頂上から見た都会の灯りや、工場の煌びやかな景色が浮かぶ。
「100万ドルの夜景」「工場萌え」みたいな言葉からも分かるように、都市の景色に心惹かれるものがあるのは確かだ。
夜の景色、というのなら高原で見上げる星空も、闇の中に浮かぶ奇岩も、月明かりの下に広がる砂漠も、夜景と言っていい筈なのに、それらは夜景とは言わない。何故か。ライトアップでもされない限り見えにくい、というのが理由の一つとしてあるのかもしれない。でももしかしたら、都市や工場の夜景は「人間がいないと出来ない景色」だからそれを誇りたい気持ちもあるんじゃないだろうか。
自然には作ることの出来ない景色。それも、昼には生々しく浮かび上がる、人間の醜い部分を上手く隠してくれる景色。
それが夜景に惹かれる理由かもしれない。
「綺麗だから、じゃ駄目なの?」
「勿論それが一番」
END
「夜景」
「あぁ、今日は月が綺麗だね」
「月見をする日らしいですよ」
「日にちが決まってるんだ? いつでも見上げて、楽しめばいいのに。なんだか不思議だね」
「特別綺麗に見えるからじゃないですか」
「なるほど」
「この花だってそうでしょう? 芽が出て茎や葉が伸びて、蕾が膨らんで、花が咲く。そのタイミングを見計らって、私も貴方も見に来たんですから」
「そうだね。そう考えると一番綺麗に見える日が分かるというのはありがたい事なのかも」
「それにしても、確かに見事な月ですね」
「私達がこうして見ている月の光は、本当は太陽の光なんだよな」
「そうですね。月自身が輝いているわけではなく、太陽の光を受けて反射した光が私達の目に届いている」
「·····君はよく私を褒めてくれるけど、私が正しくあれるのは君がいるからだよ」
「なんです突然」
「私も君という光を受けて輝けるんだ」
「·····」
「この花が綺麗に咲くのも、陽の光をその身に受けているからだろう? 私の太陽は君だよ」
「·····ベタな口説き文句ですね」
「とか言って、口説かれてくれないくせに」
「だって、口説く必要無いでしょう。私はこんなに貴方に焦がれている」
「·····それなら私だってそうだよ」
「貴方、ちょっと喋り過ぎですよ」
「·····あぁ、ごめん」
「手、出して下さい」
「ん」
「せっかくですから歩きましょう。花畑はこんなに広いんですから」
「·····ふふ」
――なんだ。お互いとっくに口説かれてたんだ。
END
「花畑」