せつか

Open App
9/8/2024, 3:24:13 PM

初対面の人に挨拶する時とか、何かを発表する時とか、そんな時に感じる自分の心臓の音が苦手だ。
ドクドクドクドク。
私の緊張や早く終わりたいという気持ちを無視して、その部分だけ違う生き物みたいに勝手に暴走する。
その音のあまりの速さに、スピーチの内容や言いたい事が頭の中からスポッと落っこちるみたいに消えてしまう。
「それは当たり前の現象だから大丈夫だよ」
それはそうなのかも知れないけれど。
でもこの、ドクドク鳴る音が怖くて、怖くて――。

治まってくれ、って思っていたら·····。

◆◆◆

「死んじゃったんだ?」
「そういうこと」
「考え過ぎは良くないって事なのかな」
「うーん、死んじゃった本人が分かってないからなぁ。どうなんだろね?」
アハハと笑う彼女は、幽霊だとは思えないくらいあっけらかんとしていて。
でも、背後の壁紙が透けて見える体の、心臓の部分だけが真っ赤に見えて·····。
「それでも会いに来てくれたんだ」
「·····まぁね」
いつものように笑うその顔に、私はそっと手を伸ばす。
「――あ」
あぁ、すり抜けちゃった。
·····やっぱり幽霊なんだなぁ。


END


「胸の鼓動」

9/7/2024, 2:05:51 PM

「もう少し身を預けて頂けますか?」
「こう、ですか?」
「ええ。貴女は大変筋が良い。その夜会服もよくお似合いです」
「·····お上手ですのね。どうせ皆さんにそう仰ってるんでしょう?」
「――まさか。私は本当の事を言っているだけです」
淡い微笑みと共に齎されたのは、甘く、だが酷く真っ直ぐな言葉だった。

聞いた事の無い音楽だった。
だから壁の花でいたのに。そもそも私の身長ではパートナーはなかなか見つからない。なのにその人は、ごくごく自然に私に手を差し出してきてこう言ったのだ。
「踊っていただけますか?」と。

「·····どうして私を選んで下さったの?」
「恥ずかしながら、私もこの曲で踊るのは初めてなんです。どうしようか迷っていたら壁の花になっている貴女を見つけました」
「その割には慣れていらっしゃるわ」
「そうでしょうか。貴女が心地よく踊って下さってるならこんなに嬉しいことはない」
「·····」
歯の浮くような台詞だ。けれどその言葉に偽りは無いのだろう。眼差しや、声の深みでそれくらいは分かる。少し、興味を持った。

「いつも、思っていました」
「?」
「踊るように歩いていらっしゃる、と」
「·····はは、そんなつもりは無いのですが。あの子にも浮ついているとよく言われて·····」
「違います」
「違う?」
「·····その、所作が優雅で、美しいと、ずっと思っていたのです。歩き方だけでなく、戦場にいる時、も·····」
あの方の隣に、ずっといただけの事はあると――。
「ああ、ごめんなさい。私ったら何を·····」
離そうとした手を握り返された。
「ありがとうございます。まさか貴女にそういう風に見られていたとは」
「·····」
本当の事ですもの。そう言おうと顔を上げたのに、言葉が出て来ない。なぜなら彼は、私を見つめて·····今にも泣き出しそうに眉を寄せたから。
「·····」
儚く消えてしまいそうな微笑みは、私の胸にさざ波を引き起こす。

「貴女とこうして話が出来て良かった」
「私もです」
曲が終わる。フェードアウトする音楽に促されるように、人々が散っていく。
寄り添っていた二人の体もゆっくり離れていく。
彼は優雅に一礼すると、ゆったりとした足取りでバルコニーへと消えていく。その姿すらダンスの続きのようだ。

彼の姿を見たのは、それが最後だった。

END


「踊るように」

9/7/2024, 4:40:26 AM

12時で解ける魔法なんて、なんの意味があるんだろう。ガラスの靴なんて歩きにくいことこの上ない。
真夜中だって美味しいもの食べたいし、朝からお酒飲みたい時だってある。

「勤務時間は〇時~〇時」
「夜〇時以降の間食は良くない」
「睡眠は〇時間必要」
「〇〇に最適な時間は午前〇時」
「予約時間枠:〇時~〇時」
なんでこんなに時間に縛られるんだろう。

時計の無い世界ってどんな感じなんだろう?
「朝日と共に起きてきて、夕日の前に寝てしまう」って、何かの歌にあった。
お日様と、鳥の声と、月の光。時を告げるものがそれだけの世界はきっと、時間の流れも私達の生きる世界とは違うのだろう。

ちょっとだけ、憧れる。
――ほんのちょっとだけ、ね。


END


「時を告げる」

9/5/2024, 3:50:03 PM

砂浜で綺麗な形の貝殻を見つけた。
白い巻貝。綺麗な螺旋と棘がアート作品のように見えるそれ欠けたところも無く、中を覗くと艶めいた銀色だった。
よくこういう貝殻を耳に当てて、潮騒を聞くシーンが漫画や映画にあるけど、私は昔からそれが何だか怖かった。
貝殻の中から聞こえる音が、波の音じゃなかったらどうしようと、そんな事を考えてしまうからだ。
大きくなって読んだ本で、あれは波の音では無いと書いてあるのがあった。その時は「なんだ、そっか」で済ませたけれど、じゃあみんなは一体何を聞いているんだろう? 何が聞こえているんだろう? そう考えたらやっぱり怖くなった。

拾った貝殻は、本当に綺麗な形をしていて。
こういうのを拾ったら、やっぱり耳に当てるシーンが思い浮かんで。
たまにはそんな、ベタだけど絵になるシーンを自分でもやってみたくて。
ドキドキしながら耳にそっと貝殻を押し当ててみる。
「·····」
コォ、と何かが響いている。そのまましばらく耳を澄ましていると――


「ソレ、ワタシノカラダ」

およそこの世のものとは思えない声がした。


END


「貝殻」

9/4/2024, 11:45:32 AM

雨上がりに草の先につく玉の露。
凍てついた冬の夜空に輝く星。
ビル街の片隅で弱々しく明滅する電球。
かさついて荒れた指先に丁寧に塗られたネイル。
天敵から逃れようと必死に花の中に潜る虫の羽根。
小さな子供が大事そうに抱えた人形の、プラスチックで作られた丸い瞳。
幼い子供に自分の食事を分け与える母の綻んだ唇。

そういったものを見つけられる人なのだろう。
そんな些細な、小さなきらめきを見つけられる人だから、誰もが惹き付けられるのだ。

恋なのか、愛なのか。それにどんな名前をつけるのが正解なのか、それは誰にも分からないけれど。
小さなきらめきを見つけられる彼だから、見つけてくれる彼だから、彼自身もまた美しく輝いて見えるのだ。

そんな彼の背中を見つめて、私はそのきらめきの眩さに俯くことしか出来なくなるのだ。

END


「きらめき」

Next