せつか

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「もう少し身を預けて頂けますか?」
「こう、ですか?」
「ええ。貴女は大変筋が良い。その夜会服もよくお似合いです」
「·····お上手ですのね。どうせ皆さんにそう仰ってるんでしょう?」
「――まさか。私は本当の事を言っているだけです」
淡い微笑みと共に齎されたのは、甘く、だが酷く真っ直ぐな言葉だった。

聞いた事の無い音楽だった。
だから壁の花でいたのに。そもそも私の身長ではパートナーはなかなか見つからない。なのにその人は、ごくごく自然に私に手を差し出してきてこう言ったのだ。
「踊っていただけますか?」と。

「·····どうして私を選んで下さったの?」
「恥ずかしながら、私もこの曲で踊るのは初めてなんです。どうしようか迷っていたら壁の花になっている貴女を見つけました」
「その割には慣れていらっしゃるわ」
「そうでしょうか。貴女が心地よく踊って下さってるならこんなに嬉しいことはない」
「·····」
歯の浮くような台詞だ。けれどその言葉に偽りは無いのだろう。眼差しや、声の深みでそれくらいは分かる。少し、興味を持った。

「いつも、思っていました」
「?」
「踊るように歩いていらっしゃる、と」
「·····はは、そんなつもりは無いのですが。あの子にも浮ついているとよく言われて·····」
「違います」
「違う?」
「·····その、所作が優雅で、美しいと、ずっと思っていたのです。歩き方だけでなく、戦場にいる時、も·····」
あの方の隣に、ずっといただけの事はあると――。
「ああ、ごめんなさい。私ったら何を·····」
離そうとした手を握り返された。
「ありがとうございます。まさか貴女にそういう風に見られていたとは」
「·····」
本当の事ですもの。そう言おうと顔を上げたのに、言葉が出て来ない。なぜなら彼は、私を見つめて·····今にも泣き出しそうに眉を寄せたから。
「·····」
儚く消えてしまいそうな微笑みは、私の胸にさざ波を引き起こす。

「貴女とこうして話が出来て良かった」
「私もです」
曲が終わる。フェードアウトする音楽に促されるように、人々が散っていく。
寄り添っていた二人の体もゆっくり離れていく。
彼は優雅に一礼すると、ゆったりとした足取りでバルコニーへと消えていく。その姿すらダンスの続きのようだ。

彼の姿を見たのは、それが最後だった。

END


「踊るように」

9/7/2024, 2:05:51 PM