感謝していると言えば良かった。
行かないでくれと言えば良かった。
·····好きだったと、言えば良かった。
いつもいつも、そうだった。
大切なものに無くしてから気付く。
その存在がいかに自分に影響を与えていたかを知る。
伝えたかった思いを伝えられず、つまらない意地やプライドで見栄を張って、去っていく背中を無言で見送った。
そうして後に残るのは、置いていかれたという身勝手な疎外感。
さよならを言う前に、もっと思いを伝えれば良かった。
END
「さよならを言う前に」
男と別れた。
すぐ手が出るDV野郎だったから清々した。
頬をぶたれたから水をぶっかけてやり返して、目の前で自分のスマホを割ってアイツとの繋がりを断ってやった。早足でアイツから離れていく間、ずっと肋骨が痛かった。
その足で飛び込んだカラオケで、六時間ぶっ通しで一人で歌った。アニソンばっかり延々六時間。声が枯れたけどスッキリした。
お腹が減ったから特大ハニートーストとストロベリーシェイクを頬張った。
カラオケを出ると日が落ちていた。
空の半分が紫で、半分が灰色だった。
空とビルの境目に星が一つ、輝いている。
生暖かい風が吹いた。
駅に着いたら竜巻注意情報が流れていた。
「·····ぷっ」
なんだか急におかしくなって、思わず吹き出した。
天気も、私の情緒もぐちゃぐちゃで、ワケが分からない。
なんとなく家に帰りたくなくて(アイツが待ち伏せしてたら嫌だし)財布を見た。
うん、と頷く。
私はその足で新幹線の切符売り場に向かった。
空はもう真っ黒で、暗い雲の合間に星がチカチカ瞬いていた。
END
「空模様」
夜中に三面鏡を見たら悪魔が出てくるとか。
あわせ鏡をしたら死に顔が見えるとか。
ムラサキカガミという名前を大人になるまで覚えていたらいけないとか。
昔は鏡の怪異が色々あったけど、今もあるのだろうか? 観音開きの鏡台とか、そういえばもうほとんど見なくなった。三面鏡の観音開きの扉を開けるのは、子供心に不思議な世界を覗き見るようでドキドキしたものだった。
今はスマホを鏡代わりに使う事すらあって、鏡の神秘性もだいぶ失われてしまった気がする。
なんて思いながらメイクを直そうとコンパクトを開けてみたら·····
「――!?」
見知らぬ人と、目が合った。
END
「鏡」
とあるオカルト漫画を二回売って二回とも買い戻している。
売る時は「もういいか」と確かに思うのに、またふつふつとあの漫画のお約束の決め台詞やぶっ飛んだ考察が恋しくなって、古本屋に向かう。
そうして読み返すたび、一番初めに読んだ時の信じていた気持ちや、二度目に買い戻して改めて読んだ時の「すごい飛躍とこじつけwww」と一歩引いてエンタメとしてみるようになった感覚が蘇る。
今は登場人物の意外な可愛らしさに萌えている。
漫画の楽しみ方も変わっていくから、ずっと捨てずに残していきたい。
そう友人に言ったら「な、なんだってー!?」と叫ばれた。
END
「いつまでも捨てられないもの」
オリンピックやノーベル賞、他にも国際的な映画賞などで日本人が評価されると「日本人として誇りに思う」という人がいる。
私はそれがよく分からない。
スポーツでも科学でも文学でも映画でも努力したのはその人で、才能があったのもその人だ。
チームというのもあるけれど、それだってそのチームメンバー一人一人の努力と才能によるものが評価されたわけで、画面や紙面のこちら側で見ている私じゃない。
凄いのはその人で、努力したのもその人で、才能があったのもその人だ。それをただ国籍が同じだから、という理由だけで誇りに思うのは、何か違う気がする。
誇りという言葉が、なんとなく私にはしっくりこないんだろうな。
END
「誇らしさ」