日常で降りかかる不運や失敗に思わず「最悪!」と叫ぶことがある。
もしかしたらそれは、「これ以上悪い事はきっと起きない」という無意識の暗示というか、祈りというか、そういうものなのかもしれない。
本当におぞましいものや悪いものを見た時、混乱して、自分の常識や価値観が揺さぶられて、自分が知る世界の中にそれを落としこもうとして、でも叶わなくて、言葉を失くすと思うから。
END
「最悪」
青紫の小さな花が咲いている。
花と葉の色のせいか、植物なのに何故かそれは金属のような硬い印象を与え、びっしりと密集した小さな花は遠目には医療器具のようにも見えた。
見上げる位置にそれがあるのは、自分が体を横たえているからだ。青紫の花と青白い葉に見下ろされ、私はその向こうに月を見る。
「君が守ろうとしたものは、壊される運命にあった」
いつもは軽薄に聞こえるその声に、今夜はどこか哀しい響きがあった。
「壊されなければ、前に進めなかった」
そんな事が許されるのだろうか。何かの犠牲の上にしか成り立たないものなど、それこそ壊れてしまえばいい。
「君がそう言って動くまで、誰もそれを疑わなかったんだよ」
声はするが姿は見えない。夢の中ではいつもそうだ。
「心が凍り付いたまま生き続けるのが、当たり前だと思っていた」
青紫の花、青白い葉、その向こうに輝く白い月。
金属のような色のせいか、空気がひどく冷たい。
「君が恋をしたのは、そういう存在だった」
その言葉は今まで聞いた彼のどんな言葉より鋭く、私の胸に突き刺さる。
「私が·····」
壊したようなものだ――。
青紫の花と白い月。
花と月を遮るように、男が顔を覗かせる。
「違うよ」
頬に触れる手は、思いがけず優しい。
「君がいたから、彼女は人として生き、人として死ぬことが出来たんだ」
覗き込む男の瞳に、私は初めて彼の感情を見た気がした。
――死ねない彼は、どうやって孤独を癒すのだろう?
END
「誰にも言えない秘密」
「相変わらず足の踏み場も無いなぁ」
「崩すなよ」
「分かってるって。こっちは本格推理、こっちはファンタジー、この山はノンフィクション。ちゃんと決まってるんだよな」
「分かってるならいい」
「で、誕生日なのに祝ってくれる友達が僕しかいない君の為に持ってきたピザとチューハイはどこ置きゃいい?」
「ん」
「あははっ、テーブルあったんだ」
「まぁ、一応」
「充分だよ、さ、ハッピーバースデー!」
◆◆◆
「·····孤独死、というのかな、これは」
「でもあまり悲壮な感じはしませんね」
「この狭い中にこれだけ本があるんだからなぁ」
「お、ピザの空き箱。一人で食ってたのかな? にしては量が多いな」
「レシートがありますね。孤独死と言っても不審なところは無いのかな。交友関係も意外と分かりやすいかもしれないですね」
「·····こないだのホトケの方がよっぽど孤独に見えたな」
「ああ。タワマンで死んでた男ですね。何にも無い部屋で寒々としてたなぁ」
「本や映像は全部PCに入ってたからな。この部屋とは真逆だ」
「あっちは広い部屋でしたもんね」
「·····どっちがいい、とかじゃないんだろうけどな」
老刑事のその呟きには、微かな哀愁が漂っていた。
END
「狭い部屋」
失恋の対義語は「得恋」と言うらしい。
失うの反対だから得る、なのか。
でも「失恋した~」とは言うけど「得恋したよ!」って言う使い方は聞いた事ないな。
「得恋」·····なんか不思議な響き。
END
「失恋」
「正直者が馬鹿を見る」
「嘘も方便」
「残酷な真実」
「優しい嘘」
心なんてものがあるばっかりに、言葉なんてものがあるばっかりに、自分と他者を比較してしまう。
そして自分の理不尽や不遇になんとか折り合いをつけようとして、自分の言動に言い訳をしようとして、あれこれ言葉を駆使する。
人間って、厄介だね。
END
「正直」