水には色は無いはずなのに、青に白を混ぜた色に「水色」という名前が付いている。
青と白を混ぜた色に水色という名前を付けた人は、何を見てその名前を付けたのだろう?
水は本来透明で、色なんか付いてない。
海の色は青く見えるけど、掬ってみればそれが水の色では無いことはすぐに分かるはずだ。
でも、あの色が「水色」と呼ばれることに、私は何の違和感も抱いていない。指に触れた時の冷たい感じや、目に映る涼やかな感じは、確かにあの色が相応しいと思えるからだ。
塗り絵なんかをしていると、透明なガラスにも水色を使ったりするし、水面を表すのにもやっぱり水色を使うし、誰もそれに違和感を抱かない。描かれた水の色を頭の中で透明に変換しているのだろうか。
だとしたら人間の頭の中って不思議だ。
END
「透明」
私の目に映るあなたは、決して理想なんかじゃない。
SNSで見る文章はたまに「言葉がキツイな」って思う時があるし、社会に対する見方は私と真逆な時がある。私生活のダメなところも知ってるし、ぶっちゃけたまに引く時もある。
でも私は知っている。
スイッチが入ったあなたは、徹底したプロフェッショナルだということ。
画面越しに聞くたった一言で、私の心を鷲掴みにする瞬間があること。
伸びやかな、透明感のある歌声で泣きそうになってしまうこと。
その一瞬、あなたは私が大好きな理想のあなたになる。
私はその一瞬のために、あなたを追いかけ続けている。
END
「理想のあなた」
今までで一番ショックだったのは、ビデオデッキが壊れた時かなぁ。知ってる? ビデオデッキ。
再生しようと思ったら、急にうんともすんとも言わなくなって、慌ててテープを取り出そうとしたらデッキに絡んでうにょーって出てきたの。
大好きなアニメを録画したテープだったから、もうショックでショックで、泣きながら絡んだテープをハサミで切った覚えがある。
後は、スーパーファミコンとプレイステーションのセーブデータが消えちゃった時。もうラストダンジョン入ったとこで、長い旅があと少しで終わるってところだったのに消えちゃって、泣く泣く最初からやり直した。あの時は頭が真っ白になったなあ。
え? 人? うーん·····、同級生が転校した時も、好きだった作家が亡くなったってニュースで見た時も、別に·····。
END
「突然の別れ」
『恋愛小説』が苦手だ。
密室の謎を解く推理小説の中に恋愛の要素があるとか、仇討ちがメインの時代小説の中に恋愛の要素があるとか、そういうのなら楽しく読める。
でも、恋愛がメインで初めから終わりまでずっとその話しかしていない物語や主人公には、どうしても入り込めない。
四六時中恋をしたいと言ってるキャラクターとか、恋愛を他の何よりも素晴らしい至上のモノ、みたいに表現している物語は、なんだか怖いのだ。
そこまで素晴らしいモノなのだろうか?
一人の人間にそこまでのめり込めるモノなのだろうか?
リアルな人間とうまくコミュニケーションが取れない私は、たとえフィクションの中でもそういった人との繋がりを求める人達に、恐怖と同時に憧れを抱いているのかもしれない。
END
「恋物語」
「おねーさん、こんな夜中にどこ行くの?」
トレンチコートを着た長い髪の女が佇んでいる。その傍らにはおかっぱ頭の女の子。
「·····私?」
「おねーさんしかいないじゃん」
女が振り返る。大きなマスクで口元を隠した女は、声の主を探して視線を下げた。
「なんだアンタか」
「久しぶりなのにひでー言い草」
人の顔をした犬はそう言って女を見上げる。
犬はみるみる伸び上がり、女とそう変わらない背丈の男の姿になった。膝の辺りまで隠れる、血のような真っ赤なマントを羽織っている。
「で、マジでどこに行くの? 貴女の時間はもうちょっと早い〝夕暮れ時〟だった筈でしょ?」
女はしばらく夜空を見上げ、ポツリと呟いた。
「そろそろ潮時かなと思って」
「みんなスマホに夢中で少し前の暗がりに誰がいるかなんて気にも留めない。見知らぬ人に声を掛ければ不審者扱い、おまけに夏にトレンチコート着てようが、ワンピース着てようが構いやしない」
女はいつの間にか白い帽子に白いワンピース姿になった。背丈も男より遥かに高くなっている。
「ぽっ」
「トイレだってそうだよ」
おかっぱ頭の女の子が声を上げた。
「センサーで電気がつくから綺麗で明るいトイレになって、私が隠れられるところなんか無くなっちゃった」
白いブラウス姿だった女の子は、真っ赤なベストを羽織っている。この姿なら「ちゃんちゃんこ」と言うべきだろう。
「まあねえ·····」
男は答えて、羽織っていたマントをばさりと翻した。
「イマドキ〝赤マント〟なんて怖がられるどころか〝ぶっ飛んだファッションセンスの人〟で済んじゃうからなぁ」
「私達の居場所はもう本の中だけになるかもね」
「ほっといてくれよ」
犬の姿に戻った男が呟く。
「昔は俺の専売特許だったんだけどなぁ·····」
「アンタも身の振り方考えた方がいいよ」
トレンチコートに戻った女が見下ろしながら呟いた。
「あ、みんなでタクシー乗る?」
「タクシーも今はドライブレコーダーでみんな録画されてるよ」
「ダメかぁ」
「·····ところで、なんで付いてくるの?」
「いいじゃん、みんなで行こうよ」
女と、女の子と、犬。
真夜中にそぞろ歩く二人と一匹。
彼等がどこに行ったのか、誰も知らない。
END
「真夜中」