お金より大事なものは多分、ある。
でもそのお金より大事なものを守る為には、結局お金がいる。
例えば健康。それを維持する為に通院するとか、薬を買うとか、お金がいる。
例えば友情。友達と遊びに行くにも、共通の趣味を楽しむ為にもお金はいる。勿論、お金が無くても友情が成立するのは言わずもがな、なのだが。
例えば知識。本を買う、学校に行く、講義を受ける。どれもタダでは出来ない。
例えば推し。推しを追いかけるなんて、それこそお金かあった方がより充実する。
例えば礼儀。衣食足りて礼節を知る、という言葉がある。衣食を不足させない為には、やっぱりお金だ。
まったくお金を必要としない生き方が出来る世界は、多分ある。
でもこの国で生きている限り、お金は一番では無いけれどかなり上位の〝大事なもの〟だ。
そんなこんなで今月はギリギリで、カツカツで、毎日財布を開けてはため息をついている。
END
「お金より大事なもの」
やぁ、いい月夜だね。
相変わらず難しい顔してるなぁ。眉間の皺、取れなくなっちゃうよ?
ん? なぜ私がいるのかって?
私はどこにでもいるし、どこにもいないのさ。
それがたとえ君しか知らないような場所でもね。
君にとってここはとても大切な場所なんだということも、もちろん知っているよ。
君はここで彼女と逢瀬を重ね、涙を拭い、心を通わせた。月明かりの下、口づけを交わしながら罪を重ね続けた。誰にも知られることの無い、密やかな恋だった。
でもね、月は見ていたんだ。そして、私も·····。
あぁ、そんな顔しない。
だって私は見えてしまうんだから、仕方ないんだよ。
この冷たい月の下で、君達の罪を、彼女の孤独を、私は笑いながら傍観していた。·····うん、見ているだけしか出来なかったんだよ。
それにしても見事な月だ。
あぁ、君は月がよく似合うね。
美しい男。誰よりも強い男。理想と謳われた男――。
こんな素敵な夜に君とこうして話が出来るとはね。長生きはしてみるものだなぁ。
そうだ、今夜の記念に花を贈ろう。
君にふさわしい花があるんだ。
今度はその花が咲き乱れる場所で会いたいものだね。
え? 相変わらず言ってる事が滅茶苦茶だって?
あははっ、そうかもね。
さて、そろそろ時間だ。帰ろうかな。
君もそろそろ帰った方がいい。
あまり長く月の下にいると·····。
◆◆◆
目覚めた男の傍らには、白くしっとりした花弁を持つ大輪の花があった。
甘い香りがする。
この花から香るのだと気付いた男は白い花をそっと持ち上げて、自身の鼻に近付ける。儚い雰囲気の花に似合わない、官能的な香りだった。
「·····」
くらりと、軽い酩酊を感じた。
どこかで誰かが、忍び笑いを漏らしたような気がした。
END
「月夜」
漫画や小説なんかのフィクションの世界で、それは劇的に、美しく、感動的に描かれる。
現実でも有り得るのだろう。ニュースで時々そういう〝奇跡の実話〟みたいな話は見るし、それを見て感動する気持ちはある。家族や友人、または同じコミュニティの者同士の深い繋がりを感じさせる話を見聞きして、「いいな」と思う気持ちはある。
けれど実感が無い。
それは感じる必要が無いほど人生で深刻な事態に陥ったことが無いからか、それとも·····そういう感情がそもそも欠落しているからか。
いつか、私も誰かとの絆を感じる日が来るのだろうか。
END
「絆」
あれ欲しいこれ欲しいとか、
あれ食べたいここ行きたいとか、
あれしたいとかコレ見たいとか、
無条件で「いいよ」って言ってくれて、与えてくれる人いないかな、ってそういう叶うはずのない妄想に逃避したくなる時がある。
たまにはね。
END
「たまには」
「もう充分尽くして来たでしょう」
尽くしたって何? 尽くすとか尽くさないとかじゃない。お互いに支えあってきたんだよ。
「〇〇さんは〇〇さんの幸せを見つけて下さい」
私の幸せはその人といることだよ。幸せを取らないでよ。
「目が覚めても、貴女のことを覚えてないかもしれないんだよ?」
そんなこと分かってるよ。覚えてなくてもいいって、私も彼も言ったんだよ。
「きっと※※もそう思ってるわ」
思ってない。それはアナタがそう考えた方が楽だからでしょう? 私に後ろめたさを抱く必要なんてない。私がいたくて彼のそばにいるんだから。
◆◆◆
「何度も何度も言ってるのに、みんな分かってくれないんだよ」
ベッドの柵に寄りかかって呟く。
「意外にまつ毛長いんだね」
彼の顔を見ながらそう言って、直後に吹き出した。
「漫画みたいな台詞言っちゃった」
ピッ、ピッ、ピッ·····規則正しい音が聞こえる。
「食堂の裏に薔薇が咲いてたよ」
シュー、シュー。返事はこの音。
「お兄ちゃんでも、※※君でも、アナタでも、呼び方なんて何でもいいよね」
指先が一瞬動いたのを私は確かめる。
「話したいことも、やりたい事も、山ほどあるんだよ」
数え出したらキリがないくらい。
「ウサギ林檎の話もミカンの話もまたしようよ」
テーブルにあったミカンをひと房口に放り込む。
「ちょっとすっぱいな」
これはいつかの彼の台詞。
大好きな君に、尽きる事ない言葉の雨を降らせよう。
唇から、耳から、鼻から、全ての感覚で私の言葉を受け取って。
そうして目を覚ました君に、私はウサギ林檎を差し出すから。
本当に、大好きなんだよ。
END
「大好きな君に」