せつか

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やぁ、いい月夜だね。
相変わらず難しい顔してるなぁ。眉間の皺、取れなくなっちゃうよ?
ん? なぜ私がいるのかって?
私はどこにでもいるし、どこにもいないのさ。
それがたとえ君しか知らないような場所でもね。
君にとってここはとても大切な場所なんだということも、もちろん知っているよ。

君はここで彼女と逢瀬を重ね、涙を拭い、心を通わせた。月明かりの下、口づけを交わしながら罪を重ね続けた。誰にも知られることの無い、密やかな恋だった。
でもね、月は見ていたんだ。そして、私も·····。
あぁ、そんな顔しない。
だって私は見えてしまうんだから、仕方ないんだよ。

この冷たい月の下で、君達の罪を、彼女の孤独を、私は笑いながら傍観していた。·····うん、見ているだけしか出来なかったんだよ。

それにしても見事な月だ。
あぁ、君は月がよく似合うね。
美しい男。誰よりも強い男。理想と謳われた男――。
こんな素敵な夜に君とこうして話が出来るとはね。長生きはしてみるものだなぁ。

そうだ、今夜の記念に花を贈ろう。
君にふさわしい花があるんだ。
今度はその花が咲き乱れる場所で会いたいものだね。

え? 相変わらず言ってる事が滅茶苦茶だって?
あははっ、そうかもね。
さて、そろそろ時間だ。帰ろうかな。
君もそろそろ帰った方がいい。
あまり長く月の下にいると·····。


◆◆◆

目覚めた男の傍らには、白くしっとりした花弁を持つ大輪の花があった。
甘い香りがする。
この花から香るのだと気付いた男は白い花をそっと持ち上げて、自身の鼻に近付ける。儚い雰囲気の花に似合わない、官能的な香りだった。
「·····」
くらりと、軽い酩酊を感じた。

どこかで誰かが、忍び笑いを漏らしたような気がした。


END


「月夜」

3/7/2024, 3:47:57 PM