本を書く。本を読む。
絵を描く。絵を観る。
歌を歌う。歌を聴く。
人の営みは誰かに何かを届ける為にあるのかもしれない。それは目に見えない漠然とした〝誰か〟かもしれないし、〇〇という固有名詞のある、たったひとりの〝誰か〟かもしれない。
それはきっと創作活動だけじゃなくて、何かを食べたり、走ったり、歩いたり、何かを投げたり、掃除をしたり·····、とにかく全ての営みが、思いを届けることに繋がっている気がする。
だから、ねえ。
私がこうしてあれこれ考えて、唐突に話し出したとしても、聞いてて欲しいんだ。
私はきっと、ずっとこうして貴方に話しかけるから。
たとえ声が届かないくらい離れ離れになってしまっても、文字で、絵で、それ以外のあらゆる方法を使って、貴方に話しかけるから。
貴方の声が好きなこと。
貴方の目が綺麗なこと。
貴方の笑った時の眉の動きが面白いこと。
貴方の手が大きくて温かいこと。
貴方が私に幸せを与えてくれたこと。
絶対、絶対届けるから。
「·····何か言った?」
「ううん、なんでもない。何で?」
「何か言ってる気がしたから」
「見てただけだよ。おっきい背中だなって」
「なんだそれ」
くしゃりと笑う。眉が一瞬つり上がって、すぐに下がる。私はそれを見て目を細める。――やっぱり面白い。
「最近疲れてんじゃね?」
「そうかも」
「もう寝ろよ。明日また話そうぜ」
「うん」
おやすみ、と囁いて、布団を被る。
ねえ、大好きだよ。
END
「あなたに届けたい」
「貴女を愛しています」
それは決して告げてはいけない言葉。
何度も告げようとして、その言葉を飲み込んだ。
「貴方を愛しています」
それは許されない思い。
人の道に外れていると、分かっていた。
けれど、飲み込んだ分だけ胸の中には思いが募って。
けれど、分かっていても思いは止められなくて。
罪悪感と、陶酔と、昂揚と、喜びと、怒りと、諦めと·····、あらゆる感情がない混ぜになって·····この感情の持って行き場が分からなくなって·····そうして私達は戻ることの出来ない果てまで堕ちてしまったのでした。
END
「ILOVE…」
重いエンジン音か響く。
重低音は足元から這い上がり、胸の鼓動と重なる。
武骨なバイクに跨っているのは、思いのほか華奢な体躯の持ち主。彼は(彼、と呼ぶべきだろう)ヘルメットをゆっくり外すと一つに結んだ金髪を一度大きく揺らして、挑むような視線をこちらに向けてきた。
「·····よう」
片方の唇だけを吊り上げてニカリと笑うその顔が、意外にも屈託のないものだったので、思わず拍子抜けしたように肩の力を抜いた。
「乗れよ」
「なに?」
「ちょっと付き合え」
「·····相手を間違えてないか?」
「お前で合ってんだよ。わざわざ兄貴に居場所聞いてきたんだ」
「·····」
田舎の村には不釣り合いな、重いエンジン音。
人通りは殆ど無く、二人以外には遥か上空を舞う鳥がいるくらいだ。その中で場違いな程の重い音が空気を震わせている。
「こんな風にでもしなきゃ、お前と話す事なんてねえだろうからな」
「私は話す事など·····」
「お前に無くてもオレにゃあるんだよ。なんせオレ達ゃ同じ穴の貉だからな」
――その声が僅かに沈んだのを、聞き逃すことは出来なかった。
差し出されたヘルメットを受け取って、後ろに跨る。一瞬ぐらりと大きく傾くのを、彼は「おわっ!」と言いながら慌てて立て直す。
「つくづく図体でけえなぁお前」
「何なら代わるか?」
「うるせーよバカ! 飛ばすからな、振り落とされんなよ!」
一際大きくエンジンが唸りを上げる。
周囲の草が風で舞い、傍らの湖がにわかに波立つ。
ここから街まで数時間。
彼と話をするには充分な時間と距離だ。
――同じ穴の貉。
確かにそうだ。だからこそ、そんな彼の思いの一端を知れば自分と彼等·····彼の人との関係を改めて知る事が出来るかもしれない。
風の音を聞きながら、そんな事を思った。
END
「街へ」
「本当の優しさって言葉があるなら嘘の優しさもあるのかな?」
「お前なぁ·····」
「嘘の優しさってなんだと思う?」
「ん? んー·····相手じゃなくて自分の評価を上げる為に、本当はやりたくないのに親切にしてる、とか?」
「それが嘘かどうかは誰が決めるの?」
「本人と周りじゃね?」
「それでも相手が助かったり嬉しかったりしたら、周りや本人がどう思おうとそれは本当に優しかったことになるんじゃない?」
「んー·····」
「最初は嘘でも、それが積み重なれば本当になるんじゃないかなぁ」
「一理あるかもな」
「誰からも優しいって言われてる人も、子供の頃とかは親に褒められたくて親切にしてた、って人もいると思うんだよね」
「なるほど」
「だから嘘でも本当でも、優しさって大事なものなんだよ」
「·····お前、いっつも色々考えてるな」
「ん? うん。でも私のこれは嘘かも」
――本当は考えてるフリしてるだけで、本当に考えなきゃいけない事から逃げてるだけなのかも。
だって、こうしていれば貴方が感心してくれるし、色々構ってくれるから。
「何か言った?」
「·····ううん、なんでも」
END
「優しさ」
ギネス世界記録は健康上危険を及ぼす可能性があるとして、不眠記録への挑戦を廃止している。
睡眠を妨害する拷問があるのも、不眠に何らかの危険性があるからだろう。
「朝起きて、働いて、夜眠る。労働と休息と、娯楽。そのバランスが大切で、そういうサイクルに合うように造った筈なんだけどなぁ」
衛星軌道よりもなお遠く。
夜だというのに、くっきりと複雑な海岸線がオレンジ色に浮かび上がる。陸の形が分かるそのオレンジは、そこにそれだけ人工の光があるという証拠。夜だというのにギラギラと、強い光を放っている。
「夜は休息の時間だよ?」
遥かな空の高みで眩いオレンジを見つめる男の目には、なぜか悲しげな色が滲んでいた。
END
「ミッドナイト」
(と言いながら私も真夜中に起きている)