いやに真面目な顔をしてヤツはそう言った。
ヤツは覚えたての煙草を少しぎこちない仕草で吸いながら、手の中のライターを物珍しげに付けたり消したりしている。細い煙が私とヤツの間を生き物のように漂っているのを、私は目で追っている。
「バカバカしい……。私達は夢を見ないように出来てるんだろう」
そう言うとヤツは煙草を咥えたままで、おどけたように肩を竦めた。
「眠ってみる夢じゃないよ」
覚えたてだと言いながら、様になっているのがこの男らしい。
「たとえば……あの時は食べられなかった美味しいものを食べたい、とか」
「なんだそれは」
「出会った人達と良い関係を気付きたい、とか」
「……くだらない」
「今度こそ最後まであの方と共に歩きたい、とか」
「“それ”を同列に語るのか貴様は」
「同列というか……どれも諦めたら寂しいものだろう? 君は?」
「なに?」
「君はこの生で何をしたい? どんな夢を見てる?」
「……」
――殺したい。
――貴様を滅茶苦茶にしたい。
――その顔を歪ませて、惨めに泣き叫ぶ様を見たい。
細い煙が蛇のように私の顔に迫ってくる。
「夢は言葉にすると叶うらしいよ」
白い蛇が低い声で囁く。
「きっと誰も……咎めない」
蛇は消えては現れて、私を誘惑する。
「……煙草を吸いたい」
長い沈黙のあとようやくそう言うと、ヤツは一瞬目を丸くして、そしてふわりと柔らかく微笑む。
「残念、これが最後の一本だった」
短くなった煙草を唇から離してそう言うと、またふぅ、と細い煙を吐き出した。
「だから今日はこれで勘弁してくれ」
突然触れた感触は、何だったのか。
口の中に広がる苦い味の正体に気付くまで、私はしばらく動けなかった。
……この昏い夢も、口に出したら叶うのだろうか。
END
「夢を見てたい」
「ずっとこのまま」
それは願望。
「ずっとこのまま」
それは夢。
「ずっとこのまま」
それは絵空事。
「ずっとこのまま」
それは……そんなものは有り得ない。
花は枯れる/芽吹く花もあるでしょう
物は壊れる/直せる物もあるでしょう
心は動く/動かない心なんてないんじゃない?
「君は……」
「ん?」
「なんていうか、前向きだね」
「そういうわけじゃないけど」
「私にはそう見えるよ」
「前向きっていうかね……一面だけでものを考えないようにしたいなって思ったの」
「それが私には前向きに見えるんだろうね」
「ずっとこのまま、って夢みたいな言葉だけど、楽しかった時や良かった事を忘れない為の言葉だと思うといい面が見えてくるんじゃないかな」
「もう一回言ってくれる?」
「へ?」
「メモするから」
「やめてよ!!恥ずかしい!!」
END
「ずっとこのまま」
別に冬だから寒いわけじゃない。
彼はそう言って、いつもよりゆっくりとした足取りで歩き出した。
少し歩いては立ち止まり、首を巡らせる。
そんな彼の後ろをついて歩きながら、私は私と出会う前の彼のことを想像してみた。それは想像でしかなく、彼が語らない限り決して分かるはずのないものだったが、それでもその時彼が感じたであろう温度、のようなものくらいは感じ取れるのではないかと思った。
「私と母と、あとは使用人が片手で数えるくらい。……こんなだだっ広い城なのにな。その使用人も、ひと月もたない」
高い天井を見上げる。丸い窓には小さく月がかかっていた。
広大な城をゆっくり進む。時折立ち止まり周囲を見回す彼は、自分が生まれ育った城を懐かしんでいるようだった。
応接室らしき部屋に着いた。
「体裁を整える為に造ったんだろうな。この暖炉に火が入ってるところなぞ、ついぞ見たことはなかった」
高い天井、宝石で飾られたシャンデリア。彫刻の彫られた暖炉。豪奢な家具に、大理石の床。
美しい部屋ではあったが、どこか寒々としていた。
「寒いとか暑いとか、そんな感覚も無かった」
抑揚の無い声は、わざと抑えているのだろう。
広大で、華やかな城はだが、とても冷えている。
それは彼の言うとおり、冬だからでは無いのだろう。
「ここで私は育った」
そう言った彼の低い声が、私の胸に深く沁み渡っていく。
「ここが私を造った場所だ」
城の最上部。荒野を見渡す展望台でそう言った彼に、私は無意識に手を伸ばしていた。
END
「寒さが身に染みる」
成人式には行かなかった。
中学時代はあまりいい記憶が無い。
高校も、今も付き合ってる友人と出会えたを事除けば楽しくない記憶の方が多かった気がする。
20歳を通り過ぎて、××年。とりあえず行かなくても「なんとかなった」。
行かなかった理由を聞いて来た人間は今までに二人くらい。誰だったか記憶に無い。
私にとってどうでもいい事を聞いてくる人間は、どうでもいいという事だ。
成人式に行かなかった理由を聞いてくる人間より、私の好きなものや私の気持ちを大事にしてくれる人との時間を大切にしたいし、そうしている方が人生は楽しい。
行った人、行かなかった人、行けなかった人、20歳おめでとう。あなたのそばにいる、あなたを大切にしてくれる人を大切に。
END
「20歳」
三日月ってずるい。
満月も好きだけど、三日月はなんか絵になるからずるい。
三日月モチーフのアクセサリーは可愛いし、あの形を椅子に見立てたり、船に見立てたり、鎌や弓や剣に見立てたり。三日月そのものを人の顔に見立てたり。
あの形に何を見出すか、でその人の思考が何となく分かる気がする。
「で、アンタにはあれが何に見えるわけ?」
「爪」
「爪?」
「ちょっと伸びた貴女の爪」
「……」
「貴女の爪の先の白いところがちょっと伸びてるの、綺麗で好きなの」
「……そう」
「あ、照れてる?」
「うるさいよ」
END
「三日月」