せつか

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12/22/2023, 2:57:45 PM

風呂の蓋を開けると黄色い物体が浮かんでいて一瞬驚いた。ぷかぷかと浮かぶそれと、浴室内に漂う柑橘系の香りに今日は冬至だったかと今更ながらに思い出した。

湯船に浸かり、浮かんでいる柚子の一つに手を伸ばす。
「……」
ぐに、とぶよぶよとした不快な感触が伝わってきて、私はすぐにそれを離すと湯船の向こうへと押しやった。入れられてだいぶ時間が経っているのだろう。ふやけた柚子は私が身じろぐたびに湯船の中で上へ下へと揺れている。

そういえば、子供の頃からこの感触が大嫌いだった。
匂いはどちらかと言えば好きな方なのに、このぶよぶよとした中身があるのか無いのか分からない感触が不快で仕方なかった。いつもこの匂いに惹かれて手を伸ばし、触れた感触で手を伸ばしたことを後悔するのだ。

柚子を入れたのは妻だろう。
普段ほとんど会話など無いから、妻が何を考えているかよく分からない。
季節の行事などまるで頓着してなさそうなのに、急にケーキや団子を買ってきたり、花を飾ったりする。我が家にはクリスマスツリーも無ければ置物の一つも無い。物を置くのが嫌いなのだろう。季節の行事もそれが終わったらすぐに処分出来るもので済ましているようだった。

ぶよぶよになった柚子は明日になればゴミ箱行きだ。
なんだか無性に腹立たしくなって、私は浮いている柚子の一つに手を伸ばすと、思い切り力をこめた。
「……」
不快な感触が無くなるくらいに強く握り潰す。
浴室内の香りが一際強くなる。
――これくらいの力で締めればいいのか。いや、まだまだだ。

健康にいい筈の柚子なのに、私の中で育つのはひどく不健康な考えばかりだった。



END


「ゆずの香り」

12/21/2023, 2:58:11 PM

東京には空がない。
そう言ったのは誰だったか。

私はいつも、東京に行くたび「意外と緑が多いじゃん」とか、「空が結構高いな」って思う。
高層ビルが立ち並ぶ街を歩いて、道を確認するために地図アプリを開く。そうして次に行く方向を確かめて、よし、と思いふと空を見上げる。
「――」
仰け反るほど高い灰色や白のビルの先に、目の覚めるような青がのぞく。
高いな、って思った。
それは地元で歩いている時には無かった感慨で、それは日々の慌ただしさで私が気付いてないだけかもしれなかった。
そうして歩いて、辿り着いたビジネスホテル。
窓に近付き、外を見る。20階以上の高い位置にある部屋だと、遮るもののない大空が目の前に広がっている。

「あるじゃん、空」
荷物を置いて上着を脱ぎながら、誰にともなくそう呟いた。


END


「大空」

12/20/2023, 3:35:58 PM

ジリリリリ。

この音に続くものは何だろう? 思いつく限りあげてみる。

①ジリリリリ。『12月21日、木曜日。午前六時になりました。朝のニュースをお伝えします。』
うぅ、起きなきゃ……。起きなきゃ……。寒い……あと五分……ぐぅ。

②ジリリリリ。『間も無く開演です。御来場の皆様は着席してお待ちください』
推しに会うの三年ぶりだ。楽しみ!

③ジリリリリ。
なになに?
火災報知器じゃない?
え?火事!?
非常ベルだ! 逃げろ!
待って待って! いったっ!
怖い!

④ジリリリリ。『まもなく 〇番線に 普通列車※※行きが参ります。 黄色い線まで お下がり下さい』
じぃじ、ばぁば、またね。
サッカー頑張ってね。
勉強もちゃんとやれよ。
ばいばーい。

⑤ジリリリリ。『ただいまをもちまして、全公演終了となります。 御来場 ありがとうございました』
あぁ、終わっちゃった……。現実帰りたくない。
『気を付けて帰ってねー!』
突然の推し!!

ベルの音一つとっても色々浮かぶものである。


END

「ベルの音」

12/19/2023, 11:43:39 AM

みんなが盛り上がってるものを楽しめない。
話したい事があったのに話し出すきっかけが分からず飲み込む。
いいねが付かない。
通り過ぎる人が弾かれたように笑い出す。
欲しかったプリンが売り切れてた。
ルールを守ってる方が損をする。

こういう時に感じるものが寂しさ、なのかなぁ。

誰かに声を掛けようとして持ち上げた手の、下ろすタイミングを無くした時みたいな。
虚しさを感じた時に心を吹き抜ける冷たい風が、寂しさになってるのかもしれない。


END

「寂しさ」

12/18/2023, 12:08:16 PM

冬は一緒に星を見よう。
春は二人で花見をしよう。
夏は海辺を散歩して、

秋には私はひとりきり。

散った紅葉を踏みながら、貴方が眠る場所へと向かう。持っていくのは結局最後までやめられなかった煙草と、毎日のように食べていた好物のチョコレート。花はどうせ分かんないだろうから供えてなんかやらない。

「これだけ赤く染まってるんだから、充分だよね?」
私を置いて逝った貴方に、花なんか供えてやらない。
「ねえ」
火をつけた煙草を一瞬だけ墓石に置いて、すぐに取り上げる。
「どうせ紅葉を見に行くなら、墓場なんかじゃなくてもっと別のところに一緒に行きたかったよ」
一口吸って、嫌味のように吹きかけてやる。
「ざまあみろ」

そう吐き捨てたあと思いっきり噎せたから、慣れない煙草のせいだと言い聞かせた。

そう、滲んだ涙も煙草のせい。


END

「冬は一緒に」

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