せつか

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12/10/2023, 4:49:41 AM

迷路のような街を走り抜ける。
ゴーストの群れを爪で切り裂き、彼女の元へとひた走る。大丈夫、彼女のそばには頼もしい味方がいる。自分一人なら、どうとでもなる。
――そう、例えば消滅してしまったとしても。

自分の役目は彼女の道を守ること。
彼女の行く道、彼女の来た道。その道が間違いでは無かったと、その生をもって証明すること。その為に自分の、私達の仮初の生はある。
敵を屠り、道を開き、彼女をあるべき未来へ送る。
その為にこの爪は、この歌は、この生はある。
逆に言えばそれ以外の生は自分には有り得ない。

背中に熱を感じた。
ゴーストの見えない手が触れたのだろう。
――ここまでか。いい。私の代わりはいくらでもいる。

「×××××!!」
突如伸びてきた小さな手。小さい、だが強い手が私に触れる。手袋越しに伝わるのは微かな熱。
「はしって」
ゴーストを振り切り、駆け抜ける。小さな手の主は私を振り仰ぎ一瞬厳しい顔をしてみせた。
「いこう。みんなまってる」
――待ってる。
私の生は彼女のために。それ以外の理由など有り得ない。それなのに……この小さな、だが強い手の主の微かな熱を、その言葉を、一瞬でも長く感じていたいと思う自分がいる。
初めての感覚に、私は言葉を無くしてただ走るしか出来なかった。


END


「手を繋ぐ」

12/8/2023, 11:44:07 PM

「ありがとう」だけなら「どういたしまして」と返せる。でもその後に「ごめんね」と続くと、どう返したらいいのか分からなくなる。

「謝らなくていいよ」が正解なのか
「気にしないで」と言えばいいのか
「お互い様だよ」でいいのか

ごめんね、という言葉には何となく、「これ以上迷惑かけないからね」という目に見えない線を感じる。
寄り添うことも、手を差し伸べることも、見守ることも、お互い自然に出来る関係を望んでいるのに、ごめんね、と言われると何に対しての「ごめんね」なのかを考えてしまって、そこで止まってしまう。

ごめんね、面倒臭いのは私の方だった。
聞いてくれてありがとう。



END


「ありがとう、ごめんね」

12/8/2023, 8:47:25 AM

この部屋に他人を入れたのは四回。
私はキッチンでコーヒーとお菓子を用意しながらアンテナを張り巡らせる。

一人目。割とイケメンで、明るい人だった。
「きったね! なにこのぬいぐるみ」
言語道断。すぐに別れた。

二人目。お喋りが好きで、私と本の趣味も合う年上の女の人。
「本の趣味は合うけどこういうとこのセンスは合わないね」
これはまだ許容範囲。けれど次が駄目だった。
彼女の手がいつの間にか伸びて、〝彼〟に触れていた。すぐに別れた。

三人目。うんと年下の、やっと大学を出たばかりのゲーマーの男の子。
「年代物ですね。フリマサイトに出せば高く売れるんじゃないですか?」
価値観が違いすぎた。〝彼〟はアンティークでも無ければヴィンテージでもない。すぐに別れた。

四人目は疎遠になっていた姉。来るなり金の無心をしてきたばかりか、〝彼〟の腹を踏みつけた。
許せなかった。すぐに殺した。

五人目の貴方はどうだろう?
左右の目の大きさが違う、右の腕と左の足の色が違う、耳が片方千切れかけた〝彼〟を見て、どんな反応をするのだろう?

私は部屋の片隅にいる〝彼〟に視線を送る。
子供の頃からずっと一緒の〝彼〟。
今はもうくたびれて、色あせてしまった〝彼〟。
〝彼〟にきちんと接してくれる人を、私にきちんと向き合ってくれる人を、私はずっと待っている。



END


「部屋の片隅」

12/6/2023, 3:22:19 PM

「恋愛に溺れて身を持ち崩すことを堕ちていく、なんて言うけれど」
「なに? 突然」
「それは第三者の価値観で見てるからそう言うんであって、本人は堕ちるどころか天にも昇る気持ちなのかもね」
「それだって脳内麻薬が変な作用してるだけでしょ?」
「まぁ恋愛なんて所詮脳が見せる幻覚だって言うしね。……でも、天にも昇る気持ちってどういう感覚なんだろ」
「分かんないなぁ」
「私も」
「まぁでも、分かんなくても生きていけるし人生は楽しいしさ、酒は美味いからいいんじゃね?」
「そりゃそうだ」

今夜も気の置けない友人と美味い酒が呑めるなら、それでいいのだ。



END


「逆さま」

12/5/2023, 3:22:39 PM

貴方が好きだ、貴方が好きだ、貴方が好きだ

私の好きな時間は朝、貴方の好きな時間は夜。
私は肉は食べないが、貴方は食べる。
私が知らない花の名を、貴方は知っている。
愛も罪も、正義も、情熱も、何もかもが違う貴方に、私は眠れないほど恋焦がれている。

お前が嫌いだ、お前が嫌いだ、お前が大嫌いだ。

私は夜が落ち着く。お前は夜の色を纏っている。
私は人が嫌いだ。お前は人の愛を信じている。
私が踏みにじった花を、お前は拾いあげる。
愛も罪も、正義も、冷徹も、何もかもが相容れないお前を、私は眠れないほど憎悪している。


「同じ〝眠れない夜〟を過ごしているのに、こうも違うものかねえ」

星明かりの下、楽しそうに男は笑った。




END

「眠れないほど」

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