彼は毎年同じ事を言う。
朝。
「布団から出るのが億劫になってきた」
昼は
「食堂から見えるイチョウがいつのまにか全部真っ黄色になっていたよ」
夜、帰ってくると
「オリオン座が凄く綺麗に見えたよ」
私は彼のこんな言葉で季節の始まりと終わりを知り、時の流れを知る。
黄色がどんな色かも、オリオン座がどんな形をしているのかも、まるで分からないのだけれど。
彼の声がそれはとても綺麗なものなのだと教えてくれるから、私にとって冬も、春も、夏も、秋も、どれもこれも美しく、世界はそれだけで生きる価値があるのだと思えてくるのだ。
END
「冬のはじまり」
「×××××××」
うるさい、うるさい、うるさい。
「×××××××」
これ以上どうしろっていうんだ。
「×××××××」
もうやりたいことはやり尽くしたんだよ。
「×××××××」
私は違う世界が見たいんだ。
「×××××××」
何年付き合ったと思ってるんだ。
「×××××××」
矛盾するだろう、無理があるだろう。
「×××××××」
うるさい、うるさい、うるさい!
そんなに見たいなら自分達で何とかしろ!
◆◆◆
「安易な続編って、つまんないのがほとんどだけどさ」
「うん」
「続編とか、パスティーシュとか、パロディって〝彼等の物語を終わらせないで〟って言う願いみたいなものなのかもね」
「……そんな綺麗なものばっかりとは限らないけどなぁ」
「さすが作家先生、厳しい見方だねえ。……でもさ、」
物語の登場人物は、作者の都合で殺される。
でもその逆も、あるんじゃないかな?
END
「終わらせないで」
恋愛、敬愛、友愛、慈愛、家族愛、人類愛、愛情、愛着、愛嬌、愛惜……愛がつく言葉はだいたい綺麗な言葉で(愛憎、も見方によってはその人や周囲を彩る美しい言葉になりうる)、何に対してでも愛情を注ぐことは良い事だけど、それを至上のものとされるのは正直ドン引きするし、あまつさえそれを押し付けられるのははなはだ迷惑でしかないと思うんだけど、それを公言すると多分「めんどくさいやつ」と思われるだろうから黙っておくと、ストレスやモヤモヤがたまって「うがー!!」って叫びたくなるのは私だけだろうか?
END
(一文でどれだけ長く書けるかチャレンジ)
これくらいが一番嫌だ。
仕事を休むほどじゃなく、薬で何とかなりそうだから結果無理をして、その日一日しんどいまま過ごさなきゃいけないから。
そして卑屈な私は、割とすぐ仕事を休む同僚に「ずるくない?」と鬱屈した妬みを募らせる。
そんな事ばかり考えてしまう無限ループ。
あーあ、我ながらめんどくさい性格!
その日初めて、城の外に出ることを許された。
と言ってもあまり遠くへ行ってはいけない、特に“上”は駄目だと厳命された。
けれど私はきっと、浮かれていたのだと思う。城の周囲を駆け回って、魚達とお喋りして、遊び疲れて息をついて、ふと上を見てしまったのだ。
「――」
それは初めて見る光景だった。
ゆらゆら揺れる丸く切り取られた窓に、金色の光が広がっている。私はひと目で心を奪われてしまって、しばらくそこから動けなかった。
金色の光をじっと見ていると、他の色も次々に目に飛び込んできた。
一際強く輝く青い光、そこに寄り添う少し沈んだ白い輝き。赤く鋭い光に、銀の帯。薄緑の淡い輝きに、昏く鈍い鉄の光……。
初めて見る色の氾濫に呆然としていると、不意に腕を強く引かれた。
「上は駄目だと言ったでしょう」
今まで見た事無いほど、それは厳しい顔だった。
「ごめんなさい。でも、とても綺麗で……あれは、あれが、地上なんですか?」
私の問いには答えず、彼女は私の手を取ると城へ戻るよう促した。
「もう少ししたら貴方はあちらに行くことになるから」
「あちら?」
「まだ少し早いわ。その時までもう少し待ちなさい」
「はい」
私は頷いて、彼女と共に歩き出す。
彼女の言葉はいつだって間違っていたことなど無いのだから。でも、それでも……。
城の扉をくぐる寸前、私はもう一度だけ振り向いて上を見た。
「――」
丸く切り取られた窓から金色の、優しく強い光が降り注いでいる。
それが太陽の光だと知ったのは、ずっと後のことだった。
END