「必ず迎えに行くからね」
そう言って涙を流しながら
あたしを抱きしめてくれた
彼女の顔が今でも頭から離れない
男手ひとつであたしたちを育ててくれた
お父さんが事故で亡くなった
まだ幼くて頼る大人もいなかった
世間知らずのあたしたちにできることは
かぎられていて
あたしたちは離れ離れになった
一日中働いて酷いこともたくさんあった
でも悲しいことがあった日は楽しかった頃を
思い出すと元気が湧いてくる
彼女の笑顔 彼女の眼差し
彼女の匂い 彼女の温もり
お金をためてここを出て彼女を探しに行くんだ
それがあたしの唯一の希望だから
お題「たった1つの希望」
孤児院での暮らしは最悪だった
他の子よりも小さくて臆病だった私は
いじめの対象にされた
靴を隠されたり貴重な食べものをとられたり
ああ、誰か私をここから連れ出して
私を引き取ってくれた家は窮屈だった
彼らに嫌われたくない私はいい子を演じ続けた
もうすぐ歳が一回りほど離れている
相手と結婚させられてしまう
ああ、誰か私をここから連れ出して
私を窮屈な家から解放してくれた彼は最低だった
最初はとても優しかったけれど
結婚してから変わってしまった
ろくに働かず文句を言えば暴力をふるう
ああ、誰か私をここから連れ出して
お題「現実逃避」
小さな命が家にやってきた
その日からみんなの関心は
小さな命のほうへ行ってしまった
お母さんもお父さんも
おばあちゃんもおじいちゃんも
みんなみんなそいつのことを
かわいいかわいいと褒めたたえた
小さくてかわいくて守ってあげないといけない
いきものがみんな好きなんだ
だから自分みたいに大きくなって
かわいさが失われたものには興味がないんだ
ゆりかごの中で眠る小さな命を見つめる
ふっくらとした頬とミルクのかおり
みんなの心をうばうじゃまものは
この手で刈り取らないといけない
お題「小さな命」
僕のお気に入り
それは何よりもかけがえのないもの
温かな体温
柔らかな肌
甘い香りの髪
鮮やかな赤
だけど僕がお気に入りを
愛でられるのはほんの一瞬
それはだんだんと冷たくなって
色は変わり、異臭を放ち、腐敗して
やがては朽ち果てる
僕は新しいお気に入りを
探しに旅へ出た
お題「お気に入り」
「この場所で何があったかご存知ですか?」
暗い山道の中、
車を走らせながらタクシーの運転手は聞いた。
「いいえ。何かあったんですか?」
「若い女性が殺されて、この辺りに捨てられたらしいですよ。怖いですね~あなたも美人だからくれぐれも気をつけてください」
そんな話を今しないでよ
不快感と恐怖で身体をこわばらせていると
運転手が途中で車を停めた。
「あの、どうしましたか?」
運転手はゆっくりと後ろを振り返ると
ニタリと笑った。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ため息をこぼしながら運転手は
フロントガラスに付いた汚れを掃除していた。
この場所を通る時はいつも以上に汚れる。
大量の手形を拭いていると、
一つだけどうしても取れないものがあった。
それは何度試しても落ちなかった。
お題「この場所で」