耳の奥で、波音が響く。暗くて静かで深い夜の海。
私の頭の中にある海は、誰にも見えないし感じられない。私だけの居場所。嫌なことがあったら私はここに来る。独りで波音を聴きながら、海に漂う。私だけの時間。誰にも邪魔なんかさせてやらない。
#貝殻
些細なことでも、話してほしい。くだらない話だっていい。馬鹿だなって、何の話をしているんだって笑い合いたい。真剣な話だっていい。いつまでだって寄り添って話を聞こう。君は何も語らないでいってしまった。あの時、引き止めていれば。あの時、些細なことでも会話していれば。もしかしたら、今のようにはならなかったのかもしれない。もっと話したかった。
#些細なことでも
10分前、君から来たLINE。私は見れないでいた。些細な言い争いだった。始まりは何か覚えていないぐらい、どうでも良いことで幼稚な口論が起きた。お互いの悪い癖、カッとなるとひたすらに言い争う。どちらが悪いというものではない、むしろどちらも悪い。ふと我に返り少しバツ悪く、私はその場から逃げてしまった。そして今に至る。十数分、私はずっと画面を見つめている。見てしまったら、逃げられない。ふっと軽く息を吐き、スマホを手に取る。君が伝える文字は一体なんだろうか。謝罪か、それとも先程の続きか。不機嫌な心に反して、顔が少しにやけていることを自覚しながら画面を軽く叩いた。
#開けないLINE
もういない貴方の部屋でベットに寝転びながら、目を閉じた。貴方の部屋は本が積み重なっていて、少し埃っぽい。本の話をする時の貴方はキラキラとしていて眩しかったのを覚えている。そんな本の虫な貴方に、私があげた香水。ウッディ系の落ち着いた、貴方の雰囲気にぴったりだと思って買った香水。あまり嬉しそうではなかったけれど、この部屋に漂う本とは違う木の香りによく使っていてくれたことがわかり嬉しさが込み上げた。暖かな光と積み上がる本、そして香水。あと足りないものは、貴方だけ。貴方が居た痕跡はこんなにもあるのに肝心の貴方だけがいない。どこに消えってしまったのか。いつ帰ってくるか。この匂いが消えてしまわないよう、私はまたここに来る。貴方とお揃いの香水を纏って、貴方がくれた合鍵で。貴方の痕跡を確かめるように、少しだけ大きく息を吸った。
#香水
何時間も降り止まない雨の中、私はずっと佇んでいた。髪も服も靴も全てずぶ濡れで、まるで濡れ鼠だと自分を嘲笑して目を瞑る。それでも雨に濡れることはやめない。雨に当たっていれば、内にある激情が流されて熱い心は冷えるような気がするからだ。冷えた頭に雨声が反響する。身体が冷えていくほど、心は熱を帯びるようで。雨の中佇む自分が馬鹿らしくなり、屋根下までゆっくりと歩いた。雨はまだやまない。
#雨に佇む