雨に濡れて肌に張り付くシャツをつまみながら、貴方は土砂降りの空を見つめた。卒業したらこの小さな町を出ていくと私に宣言した貴方。そんな曇り空のような顔をした貴方に私は何も言うことができなかった。
幼い頃、遠くの栄えた地からこの町に越してきた私を一番に受け入れたのは貴方だった。貴方はよく私の故郷の話を聞きたがり、それを語るたび目を輝かせると同時にどこか憂いるような表情をした。小中高とずっと一緒に過ごしていたから、貴方が隣にいなくなることに少し寂しさを覚える。いつの間に止んだ夕立に、夏の空のような笑顔を浮かべはしゃいでる貴方を見ながら痛む胸を抑える。卒業まであと1ヶ月。どうしようもなく町の外に焦がれる貴方と余命1年の私。貴方の想いも私の寿命も最初から決まっていたことなのだろう。貴方が差し伸べてくれた手を掴むことはない。貴方には絶対に言えない。貴方の隣に居続けるには私の寿命は短すぎたのだ。
#最初から決まっていた
貴方は照り輝く太陽。近くのものを全て焼き焦がしてしまうような、眩しい光を放つ星。私は月。貴方がいるから夜に輝ける星。貴方がいないと私は深い暗闇の中に紛れて、見えなくなってしまう。どうしても近くに行きたかったけれど貴方の隣に並ぶには、あまりにも貴方は眩しすぎるから。今日も私は貴方の反対側で貴方の光に目を細め、その輝きを一身に浴びる。
#太陽
古びて閑散とした人の寄り付かない小さな教会。夕方、18時頃に私はふとそこに立寄ることがある。そこの鐘はどこか歪んでいるのか、独特な音を出す。宗教などそういったものには特に興味はないが、その鐘の音がずっと脳裏に響いているのだ。そうして今日もまた、草深な入口へ足を踏み入れ崩れそうな階段を登る。階段を登りきったところで鐘の音が鳴り出す。時計を見るときっちり18時。目を閉じて、静かに鳴り響く鐘の音に耳を澄ませる。間延びする鐘の音の終わりとともにそっと目を開き、階段を降りる。なんてことない、ただの鐘の音だ。それでもまた来よう、そう思うのは何故なのだろうか。
#鐘の音
昼下がりのある授業のこと。誰もが興味を持たず、寝ていたり漫画を読んでいたり。窓側の後ろの席に座っている自分も例外ではなかった。でも自分の全意識は前の教壇に立つ、物静かな教師に向いていた。静かだけど通る声、教科書を見る伏せがちの瞳。チョークを持つ整えられた指先から、黒板に書かれる几帳面な字。チョークの音を聞きながらそっと目を閉じる。昼下がりのいつも通りのつまらない授業。自分がいつも楽しみにしている授業でもある。
#つまらないことでも
まだ夜も明けない頃、隣から聞こえる呻き声に私は体を起こした。私の隣で悪夢に顔を歪め、悩ましげに呻く私の愛しい人。毎晩のように夢に魘されている貴方の柔らかく細い髪の毛をそっと撫でる。すると貴方は愛しそうに私の手に頭を擦り付けて、さっきとは違う柔らかな笑みを浮かべる。あぁ、貴方は夢の中で誰といるのでしょう。私の愛しい人。私には決して見せてはくれない穏やかな顔。どうか貴方が目覚めるまで、貴方の想い人の代わりでも良いから傍にいさせて。
#目が覚めるまでに