些細なことでも、ひび割れはあっさりと広がってしまう。
今のあたしとカレシの関係がそうだ。
きっかけは、目玉焼きにはしょう油か、ソースか、という話題をテレビで見ただけだった。
あたしは、
「目玉焼きにはしょう油だよねえ?」
と笑いながら、軽くカレシーー明というーーに聞いた気がする。
しかし明は真面目な顔をして、
「いや、目玉焼きには塩」
と断言した。
あたしは冗談かと思って、
「なにそれ、ウケる」
と言ってしまった。
返ってきた言葉は、
無言だった。
つまり、シカトされた。
明は静かにキレていた。
それから一週間たったけど、
明は返事をしてくれない。
あたしは朝ごはんの目玉焼きに、
怒りに任せてしょう油をかけるのだった。
……もちろん、明の分にまで。
水が透明であることが当たり前じゃない、と知ったのは、子どもの頃、祖父母の家に遊びに行った時だった。
車で田舎の道を走っていた。私は母のスマホでゲームをしていたが、父の
「○○○、川が茶色いよ」
の声で、私は窓の外を見た。
普段透き通っていた川は、見たこともないぐらい、汚く濁っていた。
「パパ、川がコーヒー牛乳みたい!」
と私は言った。
母が、鈴を転がしたような声で笑った。
その日、私は祖父母の家に泊まった。
一晩経った川の水は、元のように透明に戻っていた。
大雨の後の川は濁る、ということを知識として知っている今の私は、多分もうあの頃のように透明じゃない。
一年後。
彼女は俺と別れるなんて知らない。
一年後。
俺は部活をやめるなんて知らない。
一年後。
俺は妹が結婚するなんて知らない。
一年後。
俺は海外に行くなんて知らない。
ただ、今の幸福を貪るだけ。
自己紹介で、君は言葉を噛んだ。
みんなは笑って、君も笑った。
そんなどうでもいい瞬間が目に焼き付いて、
今も私の頭から離れない。
あくまで、それは例えばの話だった。
「明日世界が終わるならどうしたい?」
遥は紙パックのジュースを片手で潰しながら、
「そうだねえ。とりあえず、あんたの隣で夕日が沈むのを見たい」
と言った。あたしは驚いて、
「もっと他にないの?」
と聞き返した。
遥は照れている様子もなく、
「ダチの隣で死ねるならホンモーじゃん」
と言ってのけた。
……そうだね。遥。
事故に遭ったあたしは、遠のく意識の中で親友に呼びかける。
最後に遥の笑顔、見たかったよ。